35

激しい音を立ててぶつかり合った槍と刃から、火花が散る。
凄まじく打ち合い続ける双方の間には、張り詰めたような空気が流れ、辺りは火薬の匂いが充満していた。


「貴様のお陰で、我が策もままならぬわ」
「ンだ、と…っ!?」


打ち合いをしていた元就が不意に弾き返し、元親はぐらりと体勢が崩れる。


「今よ、放て!」


高らかな声を上げた元就の背後から大勢の弓隊が出て来て、一斉に弓を引く。なんとかガード体勢へ動こうとした時には、矢は既に放たれた後であった。
迫る数百の矢に、間に合わないと元親が舌打ちをした時。
元親の目の前に、赤紫色が飛び込んできた。
大きく振り上げた白刃が一瞬だけ見え、放った淡い赤紫色の旋回した斬撃は、向かって来た数百の矢を弾く。勢いを無くした矢は元親を避けるように落ちて、からんからんと転がった。
元親は瞠目して、目の前の赤紫色の自分より小さい背中を見つめる。


「……侑果…?」


元親の言葉に、元就は僅かに目を細めて、目の前に立ちはだかる赤紫色の姿を見つめる。


「そうか…貴様が、"瀬戸海に舞い降りた宝"と称される娘か」
「残念ながら、私はその者ではございません」
「宝の名は、侑果と聞いておる」
「…ならば、話は早いです」


娘――侑果は短刀を下ろし、横に掃けるとその場に膝を立ててしゃがみ込んだ。


「元親様、並びに毛利様に報せを。
豊臣軍がこちらへ向かっております」


元親は眉を寄せたが、元就はそれに反して表情を変えなかった。


「阿波によると、関船が数十艘、安宅船が十隻、巨大な戦艦が一隻、兵力は約八万に上るとのこと」


侑果は元親を見てから、元就へと見遣る。冷えた鋭い切れ長の双眸と視線が合った。


「娘…何故、我に話した」
「ご存知でしたか?」
「大方は知っておる。
敵である我に話した理由を述べよ」
「我等、長曾我部を出しに使った為です」


恐れる事なく、さらりと答えた侑果に、元就の後ろにいた元澄と弓隊の兵達は瞠目する。


「毛利様、貴方様の策は、先日に起きた豊臣の急襲よりも、以前から練られていた筈です」


その言葉に、元親は元就を見るが、元就は変わらない表情で侑果を見下ろしていた。


「豊臣は、中国や四国だけでなく、この瀬戸海をも手中に収めようとしています。この瀬戸海で戦をする両軍を逆手に取り、双方が潰し合う時に横槍を入れる事が目的。
それに毛利様は、一早くお気付きになられた。
そして、豊臣との兵力差を埋める為、長曾我部に戦をけしかけて誘き出し、横槍を入れる豊臣を共に討つ策を考えた」


侑果はゆっくりと目を伏せて、立ち上がった。


「…もしかすると、"宝"のお陰で、計算が狂った部分もあったかもしれません」


フンと鼻で笑った元就に、侑果は顔を上げる。


「我が策は臨機応変…貴様一人如きで、支障になると思うたか。有り得ぬわ」
「そうですか、それなら安心しました。此度の貴方様の策は、こちらにも利がありますので」


侑果がそう答えた時、元就の背後に影が降りた。


「ご報告致します。
別働隊が船影を確認―――豊臣軍です」


元就はそれを聞きながら、未だ激戦を繰り広げる前線へと見遣った。
暫し返答のない元就を、元澄が怪訝そうに見つめる。


「……元就様?」
「各船団に砲撃を中止させよ。迅速に迎撃の配置につけ」
「!」
「これより豊臣を討つ」


そう告げると、元就は侑果を見遣る。
それに、侑果は元親の腕を掴み、船の縁へと歩き始めた。


「なっ!おい、侑果!」
「いいから、本陣に戻って指示を出して。説明するのも怒るのも、後でいくらでも聞くから」


…分かった、と元親は溜め息混じりに言うと、侑果がぴたりと立ち止まった。
元親が怪訝そうに見下ろすと、侑果は旗を見上げている。


「……変わる」
「侑果?」
「風向きが変わる…追い風!」


侑果が振り返って元親を見上げ、それに元親も旗を見上げる。
下へ垂れていた旗は、穏やかな風に反対側にゆらりと靡き始めた。
侑果は元親の背後へ顔を覗かせて、元就を見る。


「追い風になりますから、砲弾と矢の補充をお願いします!」


侑果はそう元就に告げると、前方から声が聞こえてくる。
そこには、自軍本陣である長曾我部軍の本船が近付いてきていた。


「お、可之助!」
「アニキー、早く乗り移って下せえー!豊臣が来ちまいやすー!」
「おう!
侑果、しっかり掴まってろよ」
「は?え、ちょっ、いやあああああー!!」


元親が侑果を担ぐように片手で抱え、船の縁に登って十飛で飛び降りると、長曾我部軍本船へ移った。
思ったよりも着地の衝撃は無かったものの、侑果は元親の唐突な行動に驚いて、降ろして貰うと同時にへたりと座り込んだ。


「お、おい、大丈夫か?」
「ほんっと考えられない…」
「え、えええー!?アネゴじゃねぇですか!」
「ななななんでこんな所に!?」


可之助達が騒ぐ中、元親に手を借りて侑果はなんとか立ち上がる。ばさりと羽ばたく音がして、侑果の肩に重みが乗った。


「モトチカ、ユウカ、オカエリ!」


元気に告げた色鮮やかな鸚鵡に、元親はおうよ!と笑みを返し、侑果はただいまと指で撫でると、鸚鵡は気持ち良さそうに目を細めた。
元親はそれを眺めてから、可之助へと見遣る。


「豊臣が来るってのは知ってんな?」
「へい、親貞様から報せが届きやした。なんでも、準備は整っている、と。
あー…それと、アネゴについても書かれてやしたが、」


言い淀む可之助に、少し首を傾げて見上げている侑果へ見遣る。そうか、それならいいと元親は可之助の脇を通り抜けて、兵達の前に出た。


「野郎共、準備はいいか!」
「「「うおおおおおー!」」」
「相手は豊臣だ、気を引き締めていけよ!」
「「「アニキイイイー!」」」





瀬戸内両雄 対 豊臣へ

110307:執筆

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