29

本丸の稽古場に、カンと高い音が立て続けに響き渡っていた。
そんな中、黒髪の長身の青年が顔を覗かせる。柱に寄り掛かって見ていた親貞が、青年の来訪に気付いて微笑んだ。


「ああ、隼人か」
「お久しゅうございます、親貞様」
「お父君は元気か?」
「ええ。此度の任は俺が行く、と中々聞かないものですから、少々刃を交えての説得になりました…」
「流石、"福留の荒切り"といったとこだな。元気そうで何よりだ」


そう笑みを零した親貞に、青年は苦笑を返すと、対峙する二人の男女へ視線を移した。
襷掛けをして袴を履いている娘は、戦装束の元親に臆する事なく、勇ましく木で出来た短刀を向けている。


「こちらのお方は…?」
「ああ…噂は耳に入っているかと思うが、侑果殿だ」
「こちらが侑果殿でしたか」
「意外か?」
「いえ。元親様ならば、少し勇ましい方が宜しいかと。淑やか過ぎては持て余しましょう」
「やはり、お前もそう思ったか」


そう親貞はくすりと笑い、対峙する二人を見る。
元親は木刀を構える事なく、その手を下ろしていた。
その余裕な表情を見据えて、侑果は僅かに双眸を細め、瞬時に懐まで入り込む。
ひゅんと木刀が唸り、刃は直ぐ横を薙ぐが、素早く躱して背後へ回り込んだ。背中から斬りかかる侑果を、避けて木刀で防ぐ。
それに侑果は直ぐさま、蹴り上げようと足を上げたが、元親の左腕に阻まれ、持ち替えるように足を掴まれて引っ張られる。


「え…、っわ!」


侑果は体勢が崩れ、そのまま重力に従って身体が傾く。
元親が足から手を離せば、侑果はどさりと床に背中から倒れた。


「いっ、たあ…!」
「体格差がある方が、有利だっつってなかったか?」
「むっかつく!」
「冗談だ。こんだけ出来りゃあ、もう十分だろ。ほら」


元親はそう言って、手を差し出す。
その手を取って侑果は身を起こして立ち上がる。親貞の方へ見遣れば、見知らぬ青年が立っており、元親が声を上げた。


「お、隼人じゃねぇか!」
「お久しゅうございます、元親様。遅参致しました事を御詫び申し上げます」
「気にすんなよ。また親政と揉めてたんだろ?」
「はい、どうも落ち着いていられぬようでして…」
「はっは、親政らしいな!今度、野郎共を見てやってくれと言っておいてくれ」
「喜んで馳せ参じますよ」


侑果は二人を交互に見遣りながら、きょとんとして話を聞いていたが、気付いた元親が隼人と呼んでいる青年へ視線を向ける。


「隼人、こいつは侑果だ」
「初めまして、侑果と申します」
「私は福留隼人儀重と申します。隼人とお呼び下さい」
「侑果殿、此度は隼人が城代に就いてもらう事になった」
「そうなんですか!よろしくお願いします」
「はい、お任せ下さい」


そう言って微笑んだ儀重に、侑果もにこりと微笑み返す。
そして、元親と侑果は親貞から手拭いを受け取っていると、幾つかの足音が近付き、慶次と千が盆を持って現れた。


「お茶持って来たよー!」
「キキーッ!」
「お茶請けにお団子を用意しましたよ。今日は草団子です」
「わあ!美味しそう!」


縁側に移動し、皆で茶と茶菓子を囲うように座った。
団子を一口食べた侑果は、喜色満面の笑みを浮かべる。


「この草団子、美味しい!」
「こちらは隼人様がお持ちしたものなんですよ」
「そうだったんですか!隼人さん、ありがとうございます!」
「いえ、喜んで頂けて何よりです」


そう言って儀重が微笑むと、侑果はにこりと笑って、また団子を頬張る。
それを見ていた元親は食べ終わった串を置くと、皿に残った一串を侑果の皿に乗せた。


「ほら、」
「…いいの?」
「好きなんだろ?」
「うん!ありがとう、いただきます!」


嬉しそうに言った侑果は、手に持っている残りの団子を頬張ると、既に意識はそちらに向いていた。元親が湯呑みを持ちながら、そんな侑果を見て、ふっと微笑む。すると後ろから、ひしひしと視線が刺さり、元親は振り向くと、侑果を除いた、親貞達の四人がにこにこと微笑みながら見ている。元親は何だか居心地悪そうな表情をし、視線を逸らして湯呑みを呷る。
そんな元親を見て、後ろの四人が小さく微笑み合った。





穏やかなひと時



親政は、福留親政。
儀重の父で、"福留の荒切り"と呼ばれており、このEnergyでは息子に任せて現在隠居中としています。
※城代(じょうだい)…城主が城を開ける時の留守を預かり、城を守る人。
101010:執筆

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