28

熱気の篭る板の間には、威勢の良い声が響く。
木刀と木で作られた短刀が、カンと高い音を立てて交わる。風を切り裂くような唸る音がして、親貞は左腕で防いだ。


「それでは読めてしまうぞ」


ぱっと素早く間合いを取った侑果が瞬時に踏み込む。
向かって来る侑果を刃で横に薙ぎ払おうとすれば、短刀が飛んで来る。咄嗟に弾くと、それは宙へ回転しながら舞う。侑果はその隙に脇で入り込んで、落下するそれを手にして首筋へ向けた。


「読めました?」
「それは読めなかった……が」


侑果の足を引っ掛け、体勢を崩したその隙に短刀を持つその右腕を後ろへ捻り上げる。
侑果は短刀を落としてそれを蹴り上げて左手で掴み、身体を捻った勢いで刃を向けた。それを親貞は刀で受け止めるが、手に強い衝撃を感じていた。侑果はそのまま右足で蹴りを入れると、右腕は解放されて互いに間合いを取る。
親貞は、ゆっくりと木刀を下ろした。


「反応も早さも随分良くなってきたな」
「ほんとですか!」
「最近では、こちらが目で追うのも大変なくらいだ」
「分かるよ、俺も油断すると直ぐ見失っちまう」
「え、そんなに?」
「忍ならば、ある程度は応戦出来るだろう」
「やったー!」
「よっし!じゃあ次は俺な」
「慶次、来い!」


そう言って立ち上がった慶次に、親貞は木刀を渡す。対峙する二人を眺め、親貞は隅の柱へ寄り掛かる。
侑果が短刀を振り回した時に、刃から衝撃波に似たものが出るようになってきていた。
それは、ただの衝撃波ではない。属性技であった。
だが、侑果が意識的に出しているものではなく、無意識である。それに、必ずしも出せるとは限らなかった。
ならば、いつ…と親貞は僅かに目を細めた時。
ひゅんと風が唸り、瞬時に侑果が慶次の刃を受ける。互いに軽い一撃だったが、大気が僅かに揺れたのに気付いた親貞は目を見開いた。


「慶次殿、本気で狙ってみて下さい」
「え、いいのかい?」
「お願いします」
「んー…分かったよ」


慶次から繰り出される刃の速度が上がっていき、侑果はどんどん押されていく。なんとか躱したり受け身を取るも、慶次の攻撃の早さについていくので精一杯だった。素早い一手に避け切れず、よろめいた侑果に刃が迫る。
咄嗟に振り回した短刀からは、これまでのものとは思えないほどの淡い赤紫色の衝撃波が繰り出され、慶次は受け身が取れずに後ろへ吹っ飛ぶ―――かというところで、慶次の身体は後ろから軽く支えるように受け止められた。


「あー悪いね、親さ…あれ?」


慶次はそう言いかけたが、親貞が視界の端に映った。
少し離れた正面に居る侑果が、驚きと焦りを含んだような表情で慶次の背後を見ている。慶次もそれに習って、恐る恐る後ろを振り返る。
その姿を見るや否や、慶次は瞬時に離れて数歩ほど後退った。


「も、元親!」


戦装束を着た元親が三人を順に眺め、静かに口を開いた。


「これはどういう事だ」


低く唸るような声に、侑果は部屋の温度が急激に下がったようなそんな気がした。それと同時に、ぴりっとした感覚が肌を包む。


「……親貞」
「見ての通り、侑果殿に稽古をつけていた」
「誰が許可した」
「私だ」
「何故だ」
「それは「待って」


元親は親貞に向けていた視線を、口を挟んだ侑果へ移す。
怒気を含んだ隻眼は鋭く、目が合った侑果は気を圧されて僅かに肩を揺らした。短刀を持つ手をきゅっと握り締める。


「私が…、頼んだの」


その言葉に、元親は隻眼を細めると、侑果へと近付く。
途中で慶次が止めに入るも、一瞥しただけでそのまま通り越して侑果の前で足を止めた。


「侑果、懐刀を出せ」
「…え」
「いいから出せ」
「なんで…?」
「俺はお前にこんな事をさせる為に持たせたつもりはねぇ。懐刀は返させてもらう」


それに、侑果は視線を落として首を横に振る。


「…いや」
「侑果」
「絶対いや」
「お前、いい加減に「私は!」


侑果は声を荒げて元親の言葉を遮り、睨むように見上げる。


「自分の身すら守れないようなら、ここで生きてなんていけない」
「!」
「そうでしょ?
でも私は、これの扱い方も自分の身を守る術も知らない。
皆のいない間は、自分で自分の身くらいは守れるようにしようと思ったから…だから、親貞さんと慶次に無理言って頼んだの。
それでも駄目だって言うのなら、取り上げればいいよ」


侑果がそう捲し立てて、懐から懐刀を取り出して差し出す。
それへ視線を落とした元親は、気まずそうな表情で頭をがしがしと掻き、その手を上から包んでやんわりと戻した。


「悪い…俺はてっきり、お前が戦うもんかと…」
「なんでそうなんの」


むっとして見上げる侑果に、元親は侑果の頭へ軽くこつんと拳を落とす。


「俺に黙って、こそこそとやってっからだ。
ったく、可笑しいと思ったぜ…いつもお前が茶を持って来るっつーのに、この時間は千が絶対持って来るし、部屋に野郎共が日替わりのように来るもんだからよ」


それに、元親以外の皆が顔を見合わせ、親貞が溜息をついて頭を抱えたのは言うまでもない。





目覚めていく力

100905:執筆

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