27

侑果が本丸を歩いていると、何処からか威勢の良い声が聞こえてくる。その方へ向かうと、慶次と親泰の二人が手合わせをしていた。
侑果は何度か武器を交える様子を眺め、ふと胸元に入れた懐刀を見遣る。
素人の自分が、果たして手熟れの忍や武将相手にこの短刀で戦う事が出来るのだろうか…と思いかけて、手合わせする二人へ声を掛ける。
その声に気付いて、二人は鍔競り合いから互いの武器を下ろした。


「お、侑果!」
「どうしたんだよ?」
「……あの、ね…」
「侑果?」
「もしかして、親兄となんかあったのか?」


言い淀む侑果に、二人はちらりと視線を合わせて眉を寄せる。そんな事は露知らず、侑果は意を決したように口を開く。


「私に武芸を教えてくれる?」


侑果の言葉に、二人はぱちぱちと瞬きを繰り返していたが、意味を知るや否や同時に叫んだ。


「「はあああ!?」」
「ちょっ、そんな叫ばなくても…」
「侑果、お前意味分かって言ってるのか!?」
「うん」
「いーや、分かってないよ!駄目だって、そんなの!侑果は美味しーい飯を作ってくれるだけで十分なんだからさ!な、親泰?」
「そうだぜ、野郎共だけじゃなく親兄だってそれを楽しみにしてんだぞ?十分じゃねぇか!」
「なんで?前田のまつ様は、料理も武芸も長けたお方なんでしょ?」
「それとこれとは別だろ!
あーもー頼むからそれだけは止めてくれよ…俺、親兄にぶっ飛ばされんのだけは絶対嫌なんだってええ…」


頭を抱えるようにしゃがみ込んだ親泰と不満そうな侑果を見て、慶次は困ったような表情をする。


「いきなりそんな事言って、一体どうしたんだい?」


慶次の言葉に、侑果は懐から短刀を取り出す。それに顔を上げた親泰が凝視する。


「!それ親兄の…」
「この前、元親様から渡されたんだ。でも武芸とか習ってないから、扱い方とか分からなくって…」
「それで、教えてって言ったのか」


侑果は握った懐刀を見つめながら、こくんと頷く。


「戦を知らない私に、戦が始まることを伝えるのも、この懐刀を渡すことも、とても心苦しかったと思う。
でもそうやって考えてくれたからこそ、その思いを無駄にしたくない。
例えどんな事があっても、いつものようにお帰りって、笑って皆を出迎えてあげたいんだ」

「……分かりました」


不意に後ろから聞こえて来た声に、三人はその方へ振り向く。親泰は驚いたように目を丸くし、侑果もまた同じように目を丸くする。
そこには袴姿の親貞が立っていた。


「侑果殿のお気持ちは、よく分かりました」


そう言って、親貞は侑果の手に握られた懐刀へ視線を落とし、侑果へと戻す。


「武芸とは、とても容易な事ではありません。それでも良いのであれば、私が御指南致しましょう」
「ほ、本当ですか!是非よろしくお願いします!」
「なら、俺も侑果の為に一肌脱ぐかな。なあ親貞、俺もいいかい?」
「ええ、助かります」
「ありがとう、慶次!」


そう笑った侑果に、親泰は慌てたように親貞を近寄る。


「待てよ、貞兄!流石にそれはやべぇって!親兄が知ったら…」
「稽古場は、二の段の板の間を使う」
「…え?」
「暫くは兄上も部屋から出られぬ身だ。人払いでも何なりでもすれば、そう気付きはしまい。野郎共への口封じはお前の仕事だ、親泰」


親貞はそう微笑んで、親泰の肩に片手を置く。それに親泰は嫌そうに眉を顰めた。


「バレたら貞兄も一緒だぞ!」
「いや、此処に居る皆一緒だろうな」
「…っう、分かったよ。何とかするよ」


そうは言いつつも、何やらぶつぶつ呟いては頂垂れる親泰を、慶次は苦笑いしながら宥めている。


「侑果殿、御指南は明日からにしましょう。なるべく早い方がいいでしょうから」
「はい、分かりました」
「刻は後ほど千殿へ伝えておきます。共に頑張りましょう」
「はい!
…あの、親貞さん」


一息入れた侑果の声色が先ほどのものと変わった事に、親貞は親泰達に向けていた視線を戻す。


「どうか…?」
「本当にありがとうございます」


ぺこりと頭を下げた侑果に、親貞は一瞬目を丸くしたが、柔らかく微笑む。


「いえ。私も侑果殿と同じで、貴女のその覚悟を無駄にしたくないだけです」


そう言うと、また手合わせをしている親泰達へ視線を移して、くすりと少し楽しそうに笑う。


「さて、兄上への上手い口実を考えなければ…あれで、怒るとなかなか手がつけられないのですよ」
「そんなに怒りますかね?」
「ええ、それはもう鬼の如く」





理解し合える者達

100904:執筆

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