26

廊下を歩いていた侑果の前に慶次が現れ、突然腕を引っ張られて走る。
訳の分からない侑果はされるがままに走らされたと思えば、前を走る慶次が急に立ち止まった。その背中に強かに額と鼻を打ち付けた侑果は、片手で顔を押さえていれば、慶次が申し訳なさそうに振り向いた。


「ったあ…」
「あーごめんな?ちょっとここで待ってて」


手で抑えながら、侑果はこくこくと首を縦に振る。慶次が侑果の頭を撫で、夢吉が侑果の肩へ跳び移るのを見て、慶次は部屋へ入っていく。
心配して頬を撫でてくれる夢吉に甘んじていると、駄目だ、と珍しく強い口調で言い放った元親の声が聞こえてきた。


「頼む!ちょっとの間でいいんだ、団子買いに行ってくるだけだからさ!」
「慶次、今の状況を分かってんだろ?城下は危険だ。斥候もうろついてるかもしれねぇんだぞ」
「なら、他について来てくれても構わないから、な?元親、お願いだ!」
「そう言われてもよ…」


聞こえてくる会話に、夢吉と侑果は顔を見合わせる。
すると、夢吉は肩からぴょんと飛び降りて、器用に障子を開けて中に入っていく。侑果は慌てて、捕まえようと膝をついてしゃがみ込むが、伸ばした手から逃げるように夢吉がすり抜ける。その時、板の間の床へと置いた手が滑り、バランスを崩した侑果は正面から倒れ込んだ。


「ううっ…」
「大丈夫か、侑果!」
「いま、鼻つぶれた…絶対つぶれた…」
「んー大丈夫だよ、赤くなってるけど」
「え、鼻血?」
「違う違う、赤いのは鼻の頭」
「あー良かった。びっくり、し………」


侑果は起き上がりかけて、慶次の肩越しに見える、机を挟んだ元親と目が合う。
先日の事を思い出して、顔が赤くなるのを感じ、ぎこちなく視線を逸らすとすすすと慶次に隠れる。それを見ていた慶次が、元親と侑果を交互に見遣って、人知れず笑みを溢した。




――――――


「わあ、この前より賑やか!」
「そうかい?こんな感じだったように思うけど」
「え、そう?もっと道が空いてたよ?」
「ああ、あの時は昼時が近かったもんなー」


そう歩く二人の後方に、町民の格好をした親貞が数人引き連れて歩いている。
あの後、あのお店の団子が食べたいです…と語尾に従うにつれて、どんどん小さくなっていく侑果の声に、元親が親貞達をつける事を条件に許したのである。
そんな岡豊城下は、活気のある賑わいを見せていた。


「甘味処だけって言われると、ちょっと寄り道したくなるよね」
「違うよ、侑果。これは目移りだよ。寄り道って言ったら、悪い意味になるだろ?」
「そっか!って、目移りも十分悪い意味じゃない?」
「じゃあ、見てるだけにしよう!それなら悪い意味じゃないよ」
「要はウインドウショッピングだね!」
「うい…?そのういなんちゃらって、同じ意味?」
「うん、多分」


隠す事もなく話す二人に、その少し離れたところに居る親貞は、やれやれと溜息を零す。
元親が城下行きを許した事に驚いたが、先日から元親が侑果を見る目がほんのり優しい事に親貞は一番驚いた。
ある種の感動めいたものが沸き上がると同時に、少し肩の荷が降りたようなそんな気さえしている。それにしても…と小間物屋を見ている侑果へちらりと見遣った。
この戦乱の世で生まれた武家の女子でさえも、あのように戦だと聞かせられたら、多少なりとも不安になるだろう。それに戦を知らぬ侑果はならば、暫く塞ぎ込んでしまっても可笑しくはない。
元親もそうなる事を予見していたのだが、侑果は至っていつもと変わらなかった。
無理を感じない、作られていない、いつもと変わらない笑顔をする侑果を親貞はまた一瞥する。
変わった女子だ――そして、強い。

以前に訪れた甘味処へ着けば、丁度出入りしていた女将が、二人を見て目を見開く。
それに侑果はにこりと笑った。


「こし餡、十五本下さい!」





少しの息抜き

(毎度有り難うね!)
(そんなに!?)
(うん、皆の分もだよ)
(あーそういう事か)
(そういう事でーす)

100827:執筆

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