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「そっか、違うのかー…」


一通り説明を聞いた慶次が何だか残念そうな顔をすると、肩に乗っている小猿の夢吉までもが同じような顔をする。
それに、侑果は困ったように元親を見るが、同じような事を思っていたのか苦笑が返って来た。


「表向きとしては、正室候補って事になってる」
「まあそれが妥当だよなー」
「慶次様、お代わりは」
「!ちょっと待った!」


急須を手にした侑果は、慶次の制止に目を丸くして瞬きを繰り返す。そんな侑果に、慶次はにこりと人懐っこい笑顔を向けた。


「様とかそういう堅苦しい言葉遣いって苦手なんだ。慶次でいいよ」
「でも…」
「いいっていいって!な?」
「侑果、好きに呼んでやれ。じゃねぇと、こいついつまでもしつけぇんだよ」
「あれは元親は悪いだろ?
せっかく名乗ったのに、風来坊呼ばわりなんだよ」
「…な?こうなんぜ」


そう言ってむくれる慶次を喧しいと言いたげに眉を寄せた元親に、侑果は困ったような表情を浮かべながら、慶次へ向き直る。


「ではお言葉に甘えて、慶次で」
「ああ!よろしく………ん?」


お茶請けとして出した団子の串を、夢吉が何やら振り回すのを見つめる。どうやら、慶次に何か伝えようとしているようで、元親と侑果は顔を見合わせる。
夢吉を眺めていた慶次は、何か思い出したような表情をすると、侑果へ向き直った。


「侑果…だったよな?悠って子、知ってる?」
「……え」
「?知り合いか?」
「悠ちゃんを、知ってるの…?」


目を丸くする侑果を見ると、慶次は懐を漁って文を取り出して差し出す。


「悠から預かって来たんだ」


侑果は恐る恐る受けとって封を開く。
開いた文には流暢に毛筆で書かれているが、そこに並んでいたのは、馴染み深い現代的な文字の羅列だった。
奥州米沢――かの有名な独眼竜の保護を受けていることや、その暮らしぶりが愚痴混じりに書かれている。最後には、無事なら返事をしてよと猫の絵が描かれていた。
それに目を通し終えた、侑果はほうと心底安堵した息をつく。そして慶次を見て、嬉しそうに微笑んだ。


「慶次、ありがとう」
「あーお礼なんていいって!久しぶりにこっちに来ようと思ってたとこだったし」


嬉しそうな表情をした侑果が、また文に目を落とす。
全く話が読めない元親はただ侑果を眺めていたが、先程と同じように聞く。


「知り合いなのか?」
「うん、友達。でも、まさか悠ちゃんまでこっちに来てるとは思わなかったなあ…来ててもおかしくはないけど」
「っつー事はよ、お前の友達も何らかの事があって同じように」
「奥州に居る、って事。政宗が、今度奥州に連れて来いってさ」


そう笑った慶次から、ちらりと侑果を見遣る。
団子の串を刀に見立てて、悠の真似をして見せる夢吉に、侑果は楽しそう笑っている。
その姿を確認して、声を抑えつつ慶次を声を掛けた。


「…もしかして、もうそんなとこまで広がってんのか?」
「え?ああ、いーや。
俺が四国に行くって言ったら、悠…あ、この文を書いた女の子な。が、元親の近くに自分と同じくらいの"侑果"って名前の女の子が居たら、それは同じように未来から来た友達だから、自分の名前を出して、この文を渡して欲しいって頼まれたんだ」
「そういう事か…」


元親は心底安堵したように返し、夢吉と笑っている侑果へ視線を移す。
それを眺めていた慶次は、何処も一緒だなと口元を緩めた。




――――――


「慶次、ただ遊びに来たんじゃねぇだろ?」


その夜、元親の自室の縁側に並ぶ、二人の姿がある。
初夏の生温い風が穏やかに吹き、雲一つない空には月が浮かんでいた。
盃を傾けていた慶次は一瞬止まったものの、そのままぐいと飲み干した。


「なんだよ…分かってたのか」
「お前とはそれなりの付き合いだからな。大体な…慶次お前、暫くは北でのんびりするんじゃなかったのかよ?」
「そうしたいのは山々なんだけどさあ…」


慶次は、かさりと懐から何かを取り出す。目の前に差し出された一通の書状を受け取り、広げて目を通していき、眉を顰める。
東国の情勢は、思ったよりも思わしくないようだった。
尾張に鎮座する織田は、今川を討ち取ったのを皮切りに、北上を目論んでいる。出来れば、伊達・武田・上杉の三国の潰し合いを望んでいたのだが、そんな悠長な事は言っていられなくなったのだ。
新勢力となった豊臣がその背後を狙っているからである。
それに、暫く静観していた豊臣が動き始めているのは明白だった。
侑果が来る少しばかり前に、豊臣と毛利が一戦交えている。


「あと、」
「あ?」
「お向かいさん、何だか忙しそうだったよ?」
「…そうか」


そう呟いた元親の鉛色をした隻眼は、月明かりに照らされて鋭く光っていた。





北からの便り

100620:執筆

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