21

「「行ってらっしゃいませ!」」
「………」
「………」


なんでこんなに人が居るんだと思いながら、まるでこれから戦にでも行くようなほぼ総出の見送りに、侑果はなんだか眩暈がした。
事の発端は、朝餉の最中に元親が侑果を城下街に行こうと誘った事であった。
賑やかだった大広間が、突如として一気に静まり返り、野郎共の興奮したような野太い歓声と侍女達の高い歓声が響き渡る。だが、当の本人達は以前に船で交わしていた約束であり、そんな甘く睦まじいそれとは掛け離れていたものである。だが、周囲が余りに騒ぎ立ててしまい、そんな気は全く無かった元親が顔を赤らめながら、慌てて弁解する様は、ただその場を更に煽っただけとなっていた。
それから、侑果は千達侍女に手早く仕立て上げられ、暫くして元親が呼びに来ると、侑果は直ぐさま元親を引っ張って逃げるように城を出たが、既に皆が見送りに城門へ集まっていたという訳である。
なんだか変な期待が含まれた視線を背中にひしひしと受けながら、気まずい雰囲気で二人は城下へと向かっていた。


「わ、悪い…」
「いや、うん。まさかこうなるとは思ってなかったけど…でもまあ、城下に行けるのはすごい楽しみだからさ」


そう言って微笑んだ侑果に元親は目を丸くすると、眉を少し寄せる。


「怒らねぇのか?」
「え、なんで?」
「俺が朝餉の時に言ったからこうなっちまったんだぜ?」
「そうっちゃそうだけど…私は、ずーっと眺めてばっかりだった城下に行けるのは、すごく楽しみなんだよ?」
「そうなんだけどよ…」
「あ!じゃあさ、美味しい団子でをご馳走してくれたら許すって事にしない?そのあと、この話をもう蒸し返したりしない事が条件ね。
そうだなあ、殿御用達なんてのがいいなあー」


既に意識が団子に向いている侑果に、分かったよと元親は毒気を抜かれたように笑みを零した。




―――――


「え、姫さん?」


とある甘味処で、団子を片手に一休みしていたその青年は、同じく一休みに来ている近所の金物屋の主人の話に目を丸くした。
お茶のお代わりを持って来た女将は笑いながら、青年の横の盆に乗せた。


「まあ詳しい事は知らないけどね、宝のように大事にしているって話だよ」
「へえ、宝か!良い姫さんなんだなあー!」
「倅がな、この前城へ行った時に姫様と話したってんだが、これまた優しい姫様で、帰りにお茶をご馳走してくれたんだとよ!」
「そりゃ本当かい?姫様直々なんてすごいじゃないのさ!」
「だろう?」


女将と主人の話を聞きながら、青年はふと友人を思い出す。
最後に会ったのは、半年以上も前になる。
周りは男だらけで、その男臭い中心に居る友人に、姫…所謂、嫁が出来たとは驚いたが、この御時世だ。御家の為やらなんやらで、そうならざるは負えないだろう。だが、とにもかくにも嬉しい事に変わりはない。
しかし、"宝"とのように溺愛しているなんて、尚更興味が沸くってもんだと口元を少しばかり緩め、湯呑みを置いて懐を漁った。


「じゃあ、俺はそろそろ行くとするよ」
「もう行くのか?」
「ああ、また帰りに寄るよ」
「兄ちゃん、これから何処行くんだい?」


主人の言葉に、青年は盆に銭を置いて笑う。


「久しぶりに友人に会いに行こうと思ってさ」
「そうか、気をつけて行けよ…ってそんな立派なもん持ってりゃ大丈夫か!」
「ああ、これかい?これは見せ掛けだよ。こんな大きいの持ってたら強く見えるだろ?」
「だよなぁ、そんな大きな刀なんて振り回せないしな!」
「ははっ!じゃあ女将さん、ご馳走さん!」


そう言って横に置いていた大きな太刀を取り、立ち上がる。
すると、青年より少し若いくらいの男が息を切らして走って来るのが見えて、青年は不思議そうに見遣った。
どうやら、それは金物屋の息子のようで、主人は目を丸くする。


「そんなに焦ってどうしたってんだ?」
「父さん、さっき元親様と姫様が歩いてたんだ!」
「え、それって本当かい?」
「はい!」
「何言ってんだ、他人の空似ってやつじゃないのか?」
「いや、本当だ!姫様を見間違う訳が……」

「わあー!ここが御用達の甘味処?」
「ああ、なんの団子が良いんだ?」
「こし餡、五本で!」
「それじゃあ、昼餉が食えなくなんぞ」
「ええー…じゃあ四本」
「…大した変わってねぇ気がするが、まあいいか」


甘味処に向かって歩いて来た男女に、金物屋の息子は固まって見ている。それに習って青年も主人も女将も視線を向ける。
青年はそれを見て目を丸くした。
赤紫色の着物に身を包んだその娘は、立ち尽くしている息子に気付いて会釈をする。


「あ、こんにちは。この前の節はどうもお世話になりました」
「え、あ…」
「この前?」
「釜が痛んじゃってて、お千さんが直ぐにこちらの金物屋さんを呼んでくれたんだよ」
「そうか。いつも済まねぇな」
「……う、あ…」
「あの、大丈夫ですか?」


娘が心配そうに言う横の、地味な濃い灰色の着物を着て帯刀していた青年は、その後方に見える鮮やかな黄色に目を移す。その青年は一つしかないその目を見開き、太刀を手にして立っている青年も同じように見て、ほぼ同時に口を開いた。


「慶次!」「元親!」





風来坊、前田慶次

100217:執筆

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