19

時は少し遡って、朝餉が用意された大広間へ向かう途中。
少し肌露けさせた、深い紫色に銀色の刺繍が施された、派手な着流し姿の元親が、孝頼を連れて廊下を歩いていく。
元親は首を少し横に向け、後ろを歩く孝頼を見遣った。


「もう侑果は起きてんのか?」
「そうですね。大広間の方に居らっしゃるかと」
「いつも船で飯作ってたからな」
「船で…そうでしたか」
「ああ。"ようしょく"だかっていう、変わった飯も作るんだよな。南蛮とかで食ってる飯らしいんだが、ありゃあ美味かったぜ」


そう元親が笑えば、孝頼も笑みを返す。
千と親貞のお陰で、老臣方を上手く説得し、正室候補という名目で、侑果を保護する形となった。
だが、問題なのは侑果の存在が各地に広まる事だ。
侑果も全てを知っている訳ではなくとも、"未来"の流れを知っているということは、この乱世において、とてつもない価値があるだろう。もし広まれば、侑果を巡って闘争が起きるか、もしくは危険因子と見なされて命を狙われるという事も考えられる。
四国からとなれば、向かいの中国安芸の毛利か、大坂の豊臣辺りに嗅ぎ付けられやすい。
それに、侑果が落ちて来たのは瀬戸海なのだ。
四国伊予側だとはいえ、あの時の風は大坂や薩摩はともかく、厳島辺りには確実に届いている筈である。その時、厳島に居ようと居なかろうと情報は既に届いているだろうし、既に斥候が城下に潜んでいる可能性が十分にある。
守備を固めなければ、と長い廊下を歩きながら、元親は眉を寄せた。


「元親様、」
「ん?」
「侑果様がいらっしゃる今、城の守りを更に固める必要があるかと」
「だな。
特に警戒すべきなのは…毛利、か」




――――――


陽光が差し込む、明るく暖かな広い部屋。そこで、机に紙を広げて静かに筆を走らせていく男がいた。
そして部屋の真ん中で、向かい合うように座っている男が、口を開く。


「先日の強風についてですが」
「何か分かったか」
「はっ。四国、伊予側の瀬戸海に何かが落ち、それによって強風が吹きつけたとの事です」
「砲弾ではないのか」


筆を走らせたまま返すと、男は困惑気味に眉を寄せる。


「それが……人、だったと」
「人、だと?よもや、敵国の忍ではあるまいな?」
「いえ。忍ならば、直ぐさま座頭衆からの情報が入りましょう。
それともう一つ…」


言葉を濁した男をちらりと見て、筆に墨を浸し、また流れるように筆を走らせる。


「申してみよ」
「…はい、その何かが落下した海上に長曾我部の本船が居た、との話です」


その言葉に、走らせていた筆がぴたりと止まる。
筆を上げ、先程より少しばかり鋭くなった切れ長の双眸は、向かい合う男を射抜かんばかりに見遣った。


「それは誠か」
「はい。普段ならば、寄る筈の讃岐には寄らず、伊予から方向転換して土佐へ戻った様です」
「………貞俊、」


抑揚の無い声でそう呼ばれた報告をしている男、福原 貞俊は、目の前の主君、毛利 元就を見た。


「引き続き、詳しく調べよ」





忍び寄る暗雲



※座頭衆…毛利軍の忍隊。

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