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城での生活も随分と慣れてきていた侑果は、厨で数人の侍女達と談笑をしながら、握り飯を握っていた。
絡繰り兵器の整備、又は製造している兵士達と城主の昼餉である。
何故侑果が厨に居るのかというと、元親から侑果の船で作った洋食なるものに興味を持った千が、侑果に作り方を教えて欲しいと、厨へ連れて行ったのが始まりだった。
洋食とはいえ、材料の関係で全く同じものは作れないのだが、それでも初めて目にし、味わった千達侍女はとても気に入ったようで、それは夕餉に出される事になったのだ。勿論、侍女達と同じように初めて味わった洋食だったが、かなり好評であった。
城で何か出来る事はないかと考えていた侑果にとって、それは良いきっかけとなったようだ。
船での生活に慣れてきた侑果には苦では無かったし、拾って置いてくれているという恩がある。武力には無縁の世界から来て、侑果自身も運動能力には些か自信が無い方ではあるし、元親達も武器を持たせる気は無かったが、侑果は何もせずに居られる性分ではなかった。
以前から、侑果に侍女のように炊事をさせる事については、結構渋っていた元親だったが、侑果を少しずつ分かってきたのか、今はある程度は自由にさせている。
それから、侑果は早朝から厨へ行き、朝餉から夕餉まで手伝うようになったのだ。


「よし、終わり」
「侑果様、これを元親様達へお運び下さいませ」
「え、でも片付けが…」
「片付けなら、私達にお任せを」
「さあ、元親様もお待ちしておりますよ」


大きい長方形の重箱の上に大きい鍋を乗せて、それを風呂敷に包む。
ずしっと予想以上に重いそれをなんとか抱えると、侍女達に厨からぐいぐいと追い出されるように侑果は出される。厨へ振り返れば、なにやら期待の篭ったきらきらした目をする侍女達がにこやかに頷いている。


「い、行ってきます…」
「「行ってらっしゃいませ!」」


侑果はそれを抱えてふらふらと歩きながら、ふと元親の事を考える。
城に来てからは、侑果は厨に居る事が多くなり、元親は元親で工廠と部屋を行き来しており、お互いに食事時や廊下でたまにすれ違うくらいで、船の時よりも格段と少なくはなっていた。
そうして、何とか工廠へと着く。
戸は開け放たれていて、中で兵士達や職人達が動き回っているのが見える。ただでさえ、外は初夏の生温い暖かさなのに、工廠の中は真夏並に蒸し暑い。
これはかなりの重労働だな…と立ち尽くして眺めていると、親益が侑果に気付いた。


「なんだ、親の兄貴に用か?」
「いや、昼餉を持って来たんだけど」


そう言って風呂敷に包まれたものを持ち上げ、親益はそれを見てああと頷き、動き回る兵士達に振り向いた。


「野郎共、昼餉だってよ!」


親益の言葉に、わらわらと兵士達が奥から出て来た。
近くの台に置き、風呂敷を解く。握り飯が敷き詰められた二段の箱と、一番下の深い箱には湯呑みがずらりと入っており、鍋には冷えたお茶が入っていた。
兵士達に配り終えると、握り飯が一人分残る。侑果は不思議に思っていると、元親が居ない事に気付く。
兵士達と一緒に昼餉を摂る親益に声を掛けた。


「ね、元親様知らない?」
「親の兄貴なら奥だぜ」
「そっか、ありがとう」
「ああ待って下せぇ、アネゴ!」


引き止めた兵士に、侑果は足を止めて首を傾げる。


「あの、アニキなら昼餉はいりやせんぜ?」
「え?もう食べたとか…?」
「違ぇよ。親の兄貴は絡繰りの事になると休憩もしねぇんだ」
「前にお千様達が昼餉を持って来てくれたんすけど、アニキはいらねぇの一点張りで…」
「それからは各自休憩をとるようになったんすよ」


その言葉を聞いて、侑果はちらりと箱に残る一人分の握り飯を見遣ってから、親益達へにこりと笑う。


「大丈夫、ちょっと行って来る」


侑果が包みと湯呑みを持って、奥へと歩き進んで行くと、こちらに背を向けてしゃがみ込み、何やらがちゃがちゃと弄っている銀色の頭と紫の背中が見える。
音を立てずにそーっと背後から覗き込むと、器用に何かを組み立てていた。


「本当に器用だねぇ」
「うおわっ!」


びくりと肩を揺らした元親は、手にしていた何かを落とす。振り向いた至近距離に侑果の顔があり、元親は少し顔を赤らめた。


「っ!な、侑果か…驚かすなよ」
「あ、ごめんごめん」
「此処に来んのは珍しいな、どうしたんだ?」


落とした物を退けて、侑果に向き直ると、ずずいと元親の目の前に包みを差し出される。元親は暫くその包みを見つめていたが、侑果へ怪訝な視線を寄越す。それに、侑果はにこりと笑った。


「知ってる?
頭を上手く働かせるには、糖分…つまり、炭水化物っていうお米とかが良いんだよ。しかもお握りは、汗で流れた塩分も補給出来るから最適なの」
「……」
「そんで、水分補給や適度に休憩をしないと、頭も身体も余計に疲れて、無駄に疲労が溜まっちゃうって訳なのです…お分かり?」
「……つまり、俺に休憩して昼餉を食えって言いてぇんだな?」
「ぴんぽーん、大正解。はい、どうぞ召し上がれー」


侑果は包みを広げると、笑顔で目の前に突き付ける。元親は眉を顰めて見ていたが、観念したように握り飯を一つ取ると一口食べる。それを見た侑果はまたにこりと微笑み、湯呑みを差し出した。


「明日も持って来るから、またちゃんと食べてよ?」
「………」
「元親様、」
「…分かったよ、ちゃんと食う」





絡繰り馬鹿


※工廠(こうしょう)…武器や弾薬などの軍需品を製造する工場。ここでは、兵器を製造する工場としています。
100212:執筆

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