10

「待て、野郎共!
侑果、少し落ち着け。頼むから、分かるようにちゃんと説明してくれ、な?いきなり、嵐だなんだってどういう事なんだ?」


ベルトをぐいぐい引っ張る侑果の手首を優しく掴み、元親は宥めるように声色を和らげる。
それに、侑果はベルトを引っ張っていた手を止めた。


「私もよく分からないんだけど…」
「おう」
「この風に触ると、なんか言葉が頭に浮かんできて、」
「嵐になるから、西へ向かえって言うのか?」
「うん。そうしたら、真夜中には抜けられるって…」


俄かには信じられないと思った元親だったが、先程から徐々に雲行きは怪しくなっている。次第に強くなっていく風に帆が大きくはためき、波も同様に高くなってきていた。
それを見つめて、作業を中断していた船員達へと見遣る。


「野郎共、西だ!嵐から逃げ切ってみせろ!」
「「アニキー!」」


そう意気込んで散り散りに走っていく船員達を見た侑果は、不安そうに元親を見上げる。


「い、いいの…?」
「いいも何も侑果、お前が言ったんだろ?」
「そうなんだけど…」
「お前を守ってまで助けたこいつが、お前を仇なすとは俺は思えねぇ」


侑果の纏う風に、元親は目を落とす。
波を荒れ狂わせるように吹いている風とは全く違い、穏やかで柔らかい、暖かな晴れた日に吹くような優しいそよ風そのものだった。


「例えそれが外れようが、生憎こっちは大時化にも嵐にもとっくに慣れちまってんだ」


元親は言葉を続けながら、侑果を支えていた手を離して、ゆっくり立ち上がった。


「気に病む必要はねぇ、心配すんな」


見上げている侑果の頭をぽんぽんと優しく撫でて笑う。
そして侑果の前に、手を差し出した


「…ありがとう」


それに侑果は柔らかく微笑み返し、元親の差し出した手を取って立ち上がる。


「大丈夫か?部屋まで戻れるか?」
「うん、もう大丈夫。それより、早くしないと追いつかれちゃうよ?」


そう言って侑果が指した帆を、元親は見上げる。先程よりも強さを増していく風に、帆は一層大きくはためき、帆柱がぎしぎしと軋み始める。
すると、帆の間から鸚鵡が現れ、ばさりと元親の肩へ留まった。


「…だな。少し揺れるから気をつけて戻れよ」
「うん」
「ああ、こいつを連れてってやってくれ。こう風が強いと流されちまうからよ」
「ん、分かった。おいで」
「ユウカ、ユウカ!」


もしかすると、"お宝"ってのはその不思議な力を持つ娘っつー意味で、"俺の宝"って俺自身じゃなくて、長曾我部や瀬戸海の宝という意味かもしれねぇな。
鸚鵡を肩に、ゆっくり歩いていく侑果の背中を見送りながら、元親はぼんやりと思った。


「アニキー、舵取りをお願いしやす!」
「おう!
野郎共、艪を準備しろ!一気に突っ切るぜ!」
「「へい!」」





――数時間後。
あれから、西へ抜けた長曾我部本船は、時化には見舞われたものの、雨雲の影響を受ける事はなく、真夜中である子の刻には、波も風も穏やかなものになっており、空には星が輝いていた。


「こりゃあ、とんでもねぇお宝を拾っちまったな」


船首楼から夜空を見上げて、そう微笑んだ元親の銀色の髪を穏やかな風が撫でていった。





"宝"という名の風



※艪(ろ)…船を漕ぐ為の木製の道具。主に和船に使われている。

top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -