07

甲板を動き回る船員達の姿を眺めながら歩いて、面舵を掴む。
信じられないとは、こういう事なのかと元親はぼんやりと思った。
証拠として見せられた、落ちてきた娘――侑果が持っていた手荷物。それに入っている、あまりにも奇怪な物だらけで、それは何かと聞けば、答えた物の名称さえ、まるで南蛮語のように意味がさっぱり分からなかった。
違う世界だとしても、数百年後の"未来"ともいえる時代から来たという侑果の話は、確かに俄かに信じられがたい話ではある。だが、名称一つにしても自分達になんとか分かりやすく答えようとするその姿勢は、本当にただの年頃の娘にしか見えない。
それと同時に、間者ではないという、どこか確信に似たものが沸き上がり、侑果に対して元親は"興味"を抱いた。

「アニキ、波が高くなってきやしたが…」
「ああ、風も強いな…野郎共、帆を畳め!」
「「「へい!」」」

空に浮かぶ雲の流れが速くなっていて、いつの間にか黒い雲が徐々に空を覆い隠し始めている。
今夜は時化になるか…と空を仰いだ元親の背後から、吹き付ける強風とは全く違う、柔らかい穏やかな風が旋回して吹いていく。
それを不思議に思って振り向くと、侑果が髪を押さえて立っていた。

「あ、ごめんなさい。厠から部屋に戻れなくなって…その、いつの間にかここに…」
「そうか。この船は広いからな、迷っちまうのも仕方ねぇ。
大丈夫か、疲れてんじゃねぇか?」

元親の言葉に、侑果は微笑んでみせてゆるゆると首を横に振った。

「むしろ元気すぎて、部屋でじっとしてるのが暇なくらいです。
すごい船ですね。私、帆船って乗るの初めてなんです」

そう言う侑果は、興味津々に船員達が動き回る様子や帆柱を見上げている。その表情は無理している様には見えず、元親は安堵の笑みを溢した。

「なあ、その口調ってのは癖なのか?」
「え?」
「その畏まった口調だ」
「あ…いえ、普段はもっと酷いんですけど…一国の主というのもありますし、それ以前に命の恩人ですから」

微笑む侑果を見て、元親は少し眉を寄せて不満そうに見つめる。

「ンな細かい事は気にすんなよ。
確かに俺は一国の主でもあるが、海賊でもある。偶然、目の前に落っこちてきた宝を拾ったに過ぎねぇ。
口調だろうがなんだろうが、好きなようにして構わねぇさ」

そう言いながら面舵を動かして、遥か先を見つめる元親に、侑果は目を丸くして戸惑ったような表情をする。

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうけど……これから言うことは流していいから聞いてくれる?」
「いいぜ」

視線を変える事なく快諾した元親に、侑果は少し安心したように微笑むと、通り過ぎていく小島を眺める。

「私さっき、ある程度はみんなを知ってるって言ったでしょ?」
「おう、言ったな」
「向こうでは、みんなのことを色々好き勝手に呼んでて、だから会っても絶対"チカちゃん"って呼ぶつもりだったけど」
「ああ……………あ?」

一瞬聞き流しかけたが、何だかとんでもないような事が聞こえて、元親は侑果へと振り向く。
それに侑果は、どうしたの?と言わんばかりにきょとんと元親を見上げる。

「おい、ちょっと待て。なんだその"チカちゃん"てのはよ!」
「んーと、元親のちかで"チカちゃん"だよ」
「ち………いや、それは後でいい。続けてくれ」
「だけどね、本人にいざ会ったら想像していたよりももっとずっとあれで、ちゃんと改めようと思う」

正面に向き直った元親には、あれって何だ…?とか内心色々思う事はたくさんあったのだが、また先程と同じような事かもしれないと敢えて触れなかった。

「かと言って、呼び捨てするのは嫌だし、殿様だから"殿"とか」
「駄目だ」
「やっぱり。まあそう呼ぶつもりもないけど……ここは"元親様"でどうで」
「駄目だ」
「え、ダメなの!?」

不満というより、どちらかというと驚いた様子の侑果に、元親は困ったような表情をする。

「様付けられんのは、どうも性に合わねぇんだよ」
「そっか…じゃあ、"元親様"で」
「おい、人の話を聞いてたか」

沈んだ表情をしたものの、さらりと元親の話を無視した侑果は、文句でもあるのかと言いたげに挑戦的な視線を元親に向ける。

「好きなように、って言われたから呼び方も好きにしていいじゃない?」
「いやまあ…確かに言ったけどよ、それとこれとは「あ」…あ?」

何かに気付いて声を上げた侑果は、まるで悪戯っ子のようににんまりと笑ってみせた。

「ご承諾いただき、そのお心遣いいたみ入ります」
「は…?っ、違ぇよ!それはそういう意味じゃ…!」
「よろしくお願いします、元親様」




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