Protect you. | ナノ

17


「ほひ〜! いいの〜いいの〜!」


 私たちの目の前を至近距離で次から次へと見定めていく男、コルネオ。頭部のちょっとした髪の毛も、鼻下に生えるちょろ髭も、下賤な眼つきも手つきも全てにおいて気持ち悪い他ない。


「どのおなごにしようかな〜! ほひ〜ほひ〜!」


 この笑い方なんてもっと気色悪い。エアリスの足元をジロジロ見る背中を蹴ってやりたくなるし、ティファの胸元を舐め回す目を潰してやりたい気分になる。クラウドの両腕を掴んでわさわさと触る仕草には、女装がバレたのではないかと冷や冷やした。


「んン〜? その素顔みたいなぁ〜ほひひ〜!」


 距離が近すぎて、吐息が掛かる。ベールで多少軽減が出来ていたとしてもこの悪臭を嗅ぐくらいなら血液の鉄臭さの方がまだマシだった。歪みそうになる表情筋を操って、誘うようにゆっくりと、首を傾げて微笑みかける。


「ほっひ〜!! 決めた決め〜た! 今日のお嫁ちゃんはこの魅惑的な踊り子ちゃん!!」


 よし。心の中でガッツポーズを決めて、差し出された手に指先から緩慢な動作で触れる。コルネオはそれだけで嬉しそうに鼻息を荒くしてきた。単純過ぎる。


「いいねいいね〜たっぷりサービスしてもらっちゃお〜! ほひ〜! さささっ、奥の部屋へ行きまちょ〜! オイ、アレ持ってこーい! あとはオマエらにやる」
「よっしゃ! すぐ持っていきまーす!」


 アレってなに。アレって。
 思わず背後の部下たちへ視線をやると、隅で身の毛がよだつ程強烈な殺気を放つ麗人が居て咄嗟に瞼を伏せた。笑うな、と忠告を受けたけれど確実にコルネオを落とすためには必要な手段だ。気付かなかったふりをして奥の扉へと進んだ。

 すぐさま届けられたアレ、とはワインのことだったらしい。とくとくとワイングラスに注がれる赤い液体。コルネオのことだから薬物でも混入してあるのだろう。クラウドたちが来るのも多少時間が掛かるだろうし、先にのしておくのも良いかもしれない。拳銃へ手を伸ばそうとするとコルネオがばっと振り返った。思わず手を離す。


「このワインは最高級! 超絶美人なお嫁ちゃんとしか飲まないって決めてたんだな〜! さ、飲んで飲んで!」
「まあ、わたくしのために恐縮ですわ。でも……わたくし、お酒はダメなんですの。すぐ酔っちゃって、ね?」
「ほひひ〜! その唇、たまらん!! 早くちゅーしたいのぉ。ね、一口、一口だけ! そしたら後は二人でのんびり過ごそうね〜?」


 グラスを手渡される。飲むふりをして零そうかと考えている間に、「あ、もしかして俺の口移しがほしい!? そういうことなのね〜ほひ〜! オッケー!」なんてテンション高くキスしてこようとしたものだから、僅かながら口にする。
 ピリッと舌の表面を走る刺激。やはり何か薬物が仕込まれている。即効性があるかないか、程度も気になるところだけどキスは流石に人生の汚点というか、トラウマになる。早くもクラウドの端正な顔立ちが恋しくなった。


「う〜ん、ねえ踊り子ちゃぁん。早く俺の上で踊ってほしいなぁ〜?」
「うふふ。コルネオ様ってばお気が早いわ。ねぇ、わたくし最近こちらへお邪魔したばかりなんですの。コルネオ様の雄姿を是非ともお伺いしたいわ」
「ほっひゃー! たまらんっ、イイ! なんで艶やか!」


 コルネオの興奮度が想像を絶していた。早急にベッドに横にならせて頭に拳銃を突きつけてやろうとした瞬間に、腕を引っ張られる。


「もうこれは、いっただきまぁす!!」
「えっ、ちょ!?」


 ぼすんっとベッドに横になったのは自分の方だった。怪しげなライトに照らされたコルネオも顔がぐんっと近付いて、薄汚い手が肩を、腰を触れる。足の合間に入り込んだ太い脂肪に冷気が走った。


「待ってコルネオ様、まだダメ……。女の子には心の準備があるのよ?」
「誘い方も完ッ璧! 俺をぞくぞくさせる! もうダメは俺の方……早く食べちゃいたいなぁ。そのお臍も、足も、全部俺が味わってあげるからね。ほんひぃ…!」


 露わになった脚に、他人の体温が触れる。気持ち悪い。気持ちが悪い! これほど悪心が込み上げてくることなんていつぶりだろう――蹴り飛ばしてやると、力を込めた時だった。


「ぁ、…なにっ…?」
「おほ〜〜! 効いてきた? ちゃあんと楽しめるように、イイお薬混ぜておいたからね〜ほひひ〜」


 やっぱり、仕込まれてた。遅延性でじわじわくるものじゃない。いきなり、爆発してくるタイプ。血液がふつふつと熱くなってくる。興奮剤? 唇を噛み締めて耐えていると、コルネオが卑しい表情をだらしなく崩した。身体が動けない。痺れ薬も仕込んであるのか、視界が僅かにぼやけた。事態の悪化に冷や汗が噴出しだす。


「っは、……」
「いいカオだぁ…ほんじゃま、俺と最高の一夜を過ごそうぜ」


 コルネオの顔が、近付いてきた――


 ***


 蹴り飛ばした男が部屋の装飾品を壊す。何度蹴ってもぶちのめしてもコルネオの部下が次々と蛆虫のように湧いてきた。早くナマエのところへ合流しなければ今頃どうなってることか――くそっ!! 初めてあの姿を映した時から嫌な予感しかしなかったんだ。
 男を全身で誘う艶やかな姿、下賤な男が惹かれないわけがない。だから笑うなと言ったのに、あいつは自分が選ばれるために媚を売った。それがエアリスやティファを守るための手段だとすれば愚考にも程がある!


「くそっ、どんだけいるんだ!」
「クラウド、先に行って!」
「ここはわたしたちで片付けるから!」
「っ……頼んだ!!」


 邪魔をする男をティファが薙ぎ倒す。その合間を縫って扉を開けた先に、レズリーと名乗る男がいた。こいつも邪魔をしてくるのかと殺意を籠めると、その手にバスターソードが握られている。


「どういうつもりだ」
「アニヤンから事情は聞いた。武器や服は返す。急いだ方が良い、コルネオは薬を仕込んでいるぞ」
「っくそ!」


 荷物をひったくって速やかに着替え、駆け出した。一枚一枚の扉さえ魔法で爆破してしまいたくなるほど邪魔だった。コルネオの部屋の扉をぶち蹴ると、いかがわしい雰囲気を醸し出したベッドの上に視線が釘付けになった。

 覆いかぶさった豚の間から無防備な白い脚がシーツに沈んでいる。しなやかな腕は頭上へ纏め上げられ、艶やかなくびれに触れる汚らしい手に血液がどっと沸騰する。一瞬で俺の中を駆けずり回る殺意に、冷静さが欠如した。
 汚物の寝首を掴み頬をぶん殴る。力加減なんて忘れて怒りのままに叩きつけると、汚らしい濁音を発してベッドから転げ落ちた。


「ナマエ平気かっ――!?」


 シーツに広がる肢体。乱れる髪の毛に、ベールの下から誘う唇が仄かに熱い吐息を発している。胸部を隠す布がほんの僅かに押し上げられ、禁断の領域に唾を呑み込んだ。


「…ぁ…くらう、ど…」
「な……」


 早く、ナマエの身体を起こしてあげなければ。無事かどうか確かめて着替えさせてやらなければならない。分かっている。頭では理解している――のに、紅色が脳味噌を融かす。


「はぁ…ぅん……」
「ナマエ……」


 目が離せない。もっと、よく見たい。手を伸ばし頬へ触れると、揺れる吐息が漏れる。ずんと腰が重くなった。ベッドへ片膝をついて、ナマエの上体を起こす。くたんと力なく頭が胸板へ触れる。触れる肌が、当たる呼吸が、正常な判断を許さない。
 このまま、俺が触れていたい。細い肩も、曲線の美しい腰も撫で上げて、布切れを引き裂いて乳房へ食らいつき、脚を暴いて奥まで――誘う唇に噛みついて、喉の奥から艶やかな声を出させたい。俺が、俺だけがナマエに……


「……ふ…たり…は……」


 掠れた言葉に、ぐんっと意識が引き戻された。
 こんな状況になってまであんたは他人のことを優先するのか……!?


「っ今は自分のことだけ考えていろ!」


 道具袋から万能薬の小瓶を取り出す。何を飲まされたのかは知らないがこれなら改善するだろう。コルクを抜いてナマエの口元に当てて飲ませようとすると、唇すら痺れているのか力が入らず顎を伝って漏れてしまう。


「くそっ……」


 勘弁してくれ。劣情が理性を超えようとしてくるのを堪える。だが一向にナマエは薬を呑み込めない。一瓶が無駄になり抑えられない欲望へ逆らうように瓶を壁へ叩きつけた。取り出した別の万能薬のコルクを開け、己の口へ流し込む。ベッドの上へ無造作に投げ捨て、ナマエの顎を引いた。ベールの奥へ秘められた高貴な瞳に謝罪をして、紅の引かれた唇を塞ぐ。


「ん…っん……」


 空気の逃げ道すら奪うように口唇を重ね液体を流し込むと、ごくりと喉が動いた。それに安堵してゆっくり身を離す。

 惜しい。もっと触れていたい。次は感情をぶつけるように激しく唇を吸って、舌を絡めて喉の奥から艶美な声を発せさせたい。もう一度。もう一度だけ。

 頬に触れて再び顔を近づけると、部屋の隅から唸り声が耳に届き一気に頭が冷えた。同時に、慌ただしい靴音が近付いてきて咄嗟にナマエの服を整え、抱きかかえる。腰の重みを他所へやろうと、口の中に残った万能薬をごくりと流し込んだ。


「ナマエ!!」
「無事!?」


 扉を割って入ってきたエアリスとティファが、目を丸める。万能薬の効果があったのか、ナマエの呼吸は整っていたものの、上気した頬と吐息に顔を顰める。レズリーからも聞いていたのかもしれない。二人の目つきは見たことない程に鋭利に尖り、意識の戻ったコルネオを睨んだ。


「ねえクラウド、こいつ殺していい?」
「だめティファ。わたしが再起不能にするから」


 殺したいのは俺の方だと言葉を呑み込む。憤りがないといえば嘘になるしむしろ殺意しかない。ナマエにここまでのことをしたんだ、殺しても殺しても償えない罪を背負っているという認識を体へ染み込ませたい。だが目の前で今にも人を殺めそうな二人を見ていると肝が冷えたというか、冷静な自分が戻ってきた。


「……話を聞くんだろ」


 努めて冷静沈着に、感情を殺した。


「……そうね、吐き出してから始末しましょ」


 続いたのはティファだった。殺意は消えていないが、緩やかに呼吸を繰り返して、ベッドの上まで逃げたコルネオを威圧する。


「七番街のスラムで手下に何を探らせたの? 誰の依頼? しらばっくれたら捻り潰すから、あんたの出来損ないのブツ!」
「ひぃ!? たっ頼まれて片腕が銃の男のねぐらを探った! 神羅のハイデッカーだ! 治安維持部門統括ハイデッカー!」


 やはり神羅か。しかもハイデッカーが? 何故だ。


「何、しようとしてたの? 洗い浚い吐かないと、本当に再起不能にさせちゃうんだから!」
「ぐっ…姉ちゃんたち、本気だな? ……神羅は、魔晄炉を爆発したアバランチとかいう一味をアジトもろとも潰すつもりなのさ。プレートを支える柱を壊してよぉ!」


 プレートを支える柱? 


「六番街スラムの瓦礫は見たことがあるだろ? 今度は七番街があれになるってわけだ」
「そんな……」
「ティファ、クラウド行こう。ナマエも少し休ませなくっちゃ!」


 部屋から出ようとすると後ろから汚らしい声で静止が掛かる。耳に入るたびに体の奥から沸き起こる怒り。黙れ!!


「俺たちみたいな悪党がこうやってべらべらと真相をしゃべるのは、どんな時でしょ〜か?」
「……勝利を確信している時、だろうな」
「おお、当たり〜! アーンド、グッバ〜〜イ!!」


 突如、浮遊感が襲い掛かった。


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