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12
魔晄炉爆発の影響のせいか、瓦礫の崩れが前より酷い。何故か梯子まで上げられていて、致し方なく残されているアームを頼りに三人で道なりに進んでいく。その度にエアリスがハイタッチを求めて両手を上げるけれど、クラウドが応えることはない。
「ちょっと、ウチのエアリス悲しませないでもらっていいかしら?」
「……どうしろっていうんだ」
「分かるでしょ?」
「……」
気まずそうに自分の掌を見下ろすクラウドへしっかり、と背中を叩いて先を走ると、後ろから「おい!」と声が響いた。暫く歩んでいくうちに開けた場所へ辿り着く。中心には消え切れていない焚火がパチパチと薪を鳴らしている。
「あら? これもしかして」
「何か知っているのか」
「そうねぇ。知っている、というより――」
後ろから、高い声が届く。
「おい見ろよ。ドロボウがいるぞ」
「あーあー、ひとんちをアラシやがって」
「こりゃあベンショウしてもらわねえとな」
「ひひひ、ベンショウ! ベンショウ……? ベンショウってなんだ」
「バカ。おまえはホントなんにも知らねえなあ。ベンショウってのはな、その……あれだ……」
ああ、やっぱり。肌面積の多い衣類に、顔を隠す覆面の三人衆。おバカな会話を繰り広げる困った彼らの根城はまだここだったのね、と呆れのため息が零れてしまう。
「なあ!」
「おおベンショウってのは、その、あれだ!」
「俺たちは何もしていない」
「ただ通ろうとしただけ。どうしろっていうの?」
「ミグルミぜんぶ、おいてってもらおうか!」
「ミグルミ! ミグルミ……? ミグルミって、なんだ?」
またループ。クラウドとエアリスも顔を見合わせて小さな息を吐いた。たった数秒で見せられるコントは溜まったものじゃないわよね。一歩前へ出る。
「こら、あなたたちまだやってるの?」
「あ! ね、ねね姐さん!」
「姐さんだ! 姐さぁん!」
「ひひひ、きょ、今日も、女神!」
クラウドじゃないけれど、頭痛がする。左右から向けられる視線にお応えするのも何だか億劫だけど、これだけ強烈なキャラクターと見知っていれば、疑問が沸くのも当然のことだった。
「彼ら、強奪常習犯なのよ。何回か絡まれて、その度に撃退してたんだけど、気付いたら」
「姐さん! 会いたかった〜!」
「おれ、おれも!」
「今日ものしてください!!」
「――こんな感じになっちゃって」
「殺しておかないからだ」
「やだ、物騒なこと言わないでちょうだい」
クラウドの目が据わっている。手は既に背後へ回っていて、落ち着いてと胸元を押して下がらせる。不快そうな瞳が見下ろしてきても屈しないわよ。
「よぉし、そうだ! 姐さんをおいてったら、ゆるしてやろう!」
「おれたちの、女神!」
「女神なんて言われてるよ?」
「目が節穴みたい。ね、この人とっても強いのよ。あなたたちの身ぐるみが剥がされるから、早く退散してくれるかしら?」
クラウドほどの実力者なら、見ただけで相手との力量が分かると思う。こんな貧弱な彼らに構うことなく無視すると思ったのに、どうやらやる気になってしまっている。これじゃあ彼らの命は幾つあっても足りないし、変なトラウマが身に付いても大変だ。
配慮の上で優しくしたのに、頭の悪い三人衆はクラウドへ飛び掛かって――案の定、簡単にのされた。死んだふり、死んだふり、と恥ずかしい姿で地面に伏している姿と余りの呆気なさにクラウドの瞼も伏せられる。
「もう悪いことしていたらダメよ?」
「は、はいぃ〜……」
「本当に理解できているのかしら」
「ナマエ、行くぞ」
「ええ」
クラウドが伏せている一人の体を靴先で蹴っ飛ばす。何の恨みがあったのかしら。クラウドってもしかして、意外とストレス溜め込むタイプ?
引き続きクレーンアームを操作しながら道を作って歩んでいく。エアリスが再び「やったね」と嬉しそうに手を握り締めると、クラウドの腕も上がった――けれどハイタッチには及ばず。「あれ?」と楽しそうにするエアリスにクラウドは気まずそうに「行くぞ」とだけ。
クラウドってば、エアリスのペースに巻き込まれていっているみたい。流石エアリス。その純粋さや強引さは周りに大きく影響を及ぼしている。ザックスも、きっとそんな彼女に心惹かれたのね。
――……クラウド、は?
「ナマエ? どうした」
「あ、ううん。なんでもないわ」
クラウドも、同じようにエアリスに惹かれているのかしら。それとも、昔馴染みのティファ? 前回の伍番魔晄炉爆破だって、本当は参加する予定じゃなかったはず。ティファのためだとすれば、納得がいくわ。
……なんだろう。ちょっと、胸が痛むこの感じ。さっきまでの高鳴りとは違う。むしろ逆で、体が冷えていくよう。それに悲しくなるのは……。
「まさか、奴らに何かされたのか」
「えっ? やだ、違うわよ。平気」
「あんたの平気は信用してないと言ったはずだ」
「じゃあ、何て言えば安心してくれるわけ?」
「本当のこと」
この感情を、クラウドは知ってる? 知っていたとしたら、何かが変わる?
「……先、行きましょう。この先公園があるの。そしたら七番街は目と鼻の先よ」
「おい!」
後ろからの言葉を無視して六番街スラムの公園へと到達する。特徴的な滑り台が真っ先に目に付いた。
ザックスは、エアリスに花売りワゴンを作ってあげていたらしい。何種類か作るたびに、新しいワゴンでここに花を売りに出かけていた。ザックスはそれを酷く幸せそうに私に語ってくれたっけ。
「ね、少し座って離さない?」
「いや、そんな時間は」
「クラウド、こっち」
「私は下にいるわ」
「うん」
丸い滑り台の上へ腰を下ろしたクラウドに、エアリスが肩を並べる。その光景に再び嫌な音が鳴った。これは何? エアリスは、どうしてクラウドに寄り添っているのだろう。ザックスのこと好きなんじゃ――……好き? まさか。二人の強い感情は良く知っている。エアリスはそういう娘じゃない。
「…なんか、変だ、私……」
こういう時ザックスがいたら答えを教えてくれるのかしら。瞼を伏せて、自分の掌を握る。クラウドの頼もしい掌の感触が、熱が、思い出される。
「ナマエ、お待たせ!」
「あ、……お帰りなさい。何の話をしていたのかしら」
「うーん……私の初恋の相手!」
「…そう……」
ちらりとクラウドの様子を窺うと、首を傾げられる。普通、だ。名前は告げていないのか、そこまで詳しい話はしていないのか。でもエアリスも気付いてる。クラウドとザックスには何らかの接点があるって。
やっぱり、思い切ってクラウドに訊ねてみてもいいかもしれない。もしかしたらザックスのこと、何か知ってるかもしれない。ちょっと怪我して動けないだけだったり――……。
「どうした?」
「あの……ううん。やっぱり、なんでもないわ」
「今日のあんた、なんか様子がおかしいぞ」
「そう? クラウドと別れるの寂しいのかも」
「なっ」
動揺した姿にくすりと笑みが零れると、クラウドの口元がきゅっと引き締まった。
「家まで、エアリスと二人で大丈夫か」
「ええ、任せて」
「……次こそ、送る」
「そういう話だったものね。流石にエアリス一人で帰すのは心配だから、また明日行くわ」
「迎えに行く」
「無駄に往復する気?」
エアリスが、七番街スラムへの障害物をどかしてくれる。
「それじゃ、また明日」
「気を付けろよ。エアリスだけじゃない、あんたもだ」
「……クラウド、変わったわね」
初めて会った頃は、こんな心配性じゃなかったのに。
「……あんたのお陰かもな」
「えっ」
「なんでもない。じゃあ――」
別れを遮るように、閉じられていた七番街へのゲートが重々しく開かれた。こんな時間にどうしてと凝視していると、暗がりの中からひときわ目立つチョコボ車がゆっくりと出てる。
七番街から何処へ? 灯りが照らされた車内にはドレスに身を包んだ黒髪の女性が――ってティファ!? クラウドが駆け寄って事情を聞いている。そのまま一緒に向かうものだと思っていたら、何故かチョコボ車から離れていった。
「あれ、六番街に向かってる」
「まさかコルネオの?」
「うん。止めないと!」
エアリスの強い眼差しに、引き留めることは出来ないのだと察する。夜連れ出した挙句、向かう場所がウォール・マーケットだなんて知られたら、エルミナに一日中怒られちゃう。最悪、外出禁止令出されちゃうかも。その時は二人一緒だし、勘弁してあげよう。
「……ってやっぱりダメよ。エアリスは帰りなさい今すぐに」
「ええ? どうしてそんなこと、言うの? わたしも、助けたい!」
「ウォール・マーケットがどういう場所か、知ってるでしょう? ダメよ」
「むっ……何か隠し事、してる?」
尖ったエアリスの口先がまた鋭い発言をしてくる。
「あなたに何かあったら困る」
「わたしも、困る」
「……はぁ……傍から離れないでちょうだいね」
「クラウドと同じこと、言ってる。気が合う?」
「心配なのよ」
クラウドを説得してウォール・マーケットへ着くと、早速チョコボ車が外に出ていた。恐らくティファを乗せた車に違いない。スタッフが私たちに気付いて営業を始めようとするけれど、客じゃないと分かった途端に興味なさげに突き返してきた。チョコボが不安でか一鳴きすると、奥の扉が開かれる。
「なに騒いでいやがる。……あ? おい、ナマエ。ここには来んなって忠告しといただろうが」
「知り合いか。……多いな」
「うーん、ちょっとね」
「忠告ってなあに?」
出てきたのはサム。これなら話が少しは通じるかもしれない。
「ティファ――黒髪長髪の綺麗な女性を捜しているの。サム知らない?」
「ああ、悪いな。あの子はコルネオさんの屋敷だ」
予測していた事態よりも更に不味い状況になった。エアリスも顔を歪めている。唯一コルネオを知らないクラウドだけが首を傾げていた。思わずうそ……と唇から漏れると、サムは同情の眼差しを向けて首を横に振る。
「嘘じゃねえ。だからお前さんは帰れ。バレたらとんでもねえことになる」
「うーん……私、ティファを助けに来たのよ。分かるわよね?」
「はあ? 面倒を起こそうってクチか? 勘弁してくれ。いいか、次はねぇからな」
「あ、行っちゃった……」
困ったことになった。顔を見上げると、欲望の街が怪し気にネオンを瞬かせて誘惑してくる。後ろを振り向く。
「エアリス。今から帰る気――」
「ない!」
「そうよね……。クラウド、エアリスから目を離さないでちょうだい」
「俺か?」
「じゃあ、ナマエはクラウドから離れないこと!」
「三人で固まっていた方が良いわ。私が先頭、クラウドは後方。エアリスは真ん中で歩くこと」
クラウドからしてみれば何故だと訝しげにするのも仕方がない。でもこの場所はちょっと手が伸びても許されてしまう場所。エアリスみたいに可憐で純粋そうに見える女の子は良い餌だわ。
「ナマエ、どういうことだ。サムとの会話」
「え? あー……前にも足を運んだことがあって、ちょっとね」
「ちょっとじゃ分からない」
「いいの、分からなくって。ほら、コルネオの屋敷まで行きましょ?」
私が歩き出すと、エアリスがゆっくりついてきてくれる。その後ろをクラウドが。早速変なキャッチにあうも無視して一直線にコルネオの屋敷へ向かった。まさか途中でジョニーに出くわすとは思わなかったけれど。