![](http://static.nanos.jp/upload/0/0ffantasy/mtr/0/0/20220830062648.png)
10
伍番街の駅で神羅ヘリからまたタークスが降りてきた。よほど大事な用らしい。目的は俺か、エアリスか。はたまたナマエか。黒い制服が目に付くと不愉快さが湧きたつ。あの教会で会った男、レノとかいったか。随分と馴れ馴れしい奴だった。着崩した服装も、ニヤけた面も、ナマエへ向ける視線も全てが気に食わない。あまつさえ惚れてるだの、なんだの。何なんだ、一体。
「クラウド。本当に、怪我してない? 私たち結構な高さから落ちちゃったけど……」
「問題ない。あんたこそどうなんだ。さっき痛そうにしてただろ」
拳銃をホルスターから抜くとき、一瞬体が強張っていた。
「やだ、気付かれた? 平気よ。ちょっと体鈍ってたから、バンジージャンプでビックリしちゃったみたい」
「……強がらなくてもいい。痛いんだろ」
無関係な俺たちの作戦に同行した癖に、自分に被害が及びそうになると俺を遠ざけようとする。あんたはそうやって、他人ばかりに気遣って何をしたいんだ。
街を一歩歩くごとに、エアリスとナマエを呼ぶ声がひっきりなしに届く。よほど大事にされているんだろう。皆が二人を慕い、頼りにしているのが伝わってきた。同時に、ナマエの頬の傷を心配して憤りを覚えている輩もいる。睨まれたから睨み返すとすぐに委縮した。
「悪かった」
「え?」
「あんたに、傷を付けた」
「戦っていれば当然よ。頬は痛くないし、背中は――ちょっとだけ痛むけど、でも平気。私よりもクラウドが傷付かなくて安心したわ。流石ソルジャー、逞しいわね」
本当に、人のことばかりだ。
「ねぇ、クラウドってお花好き?」
先導しているエアリスから声が掛かる。花? 花が好きかって? そんなこと
「考えたことがない」
「ふ〜ん。花屋にそれ、言うかな」
「嘘は付けない」
「この前あげたお花はどうしたの? 誰かにあげた?」
教会に咲いていた黄色い花か。肯定の返事を返すと頻りに「誰に?」と問われる。声色には好奇心がしっかり含まれていて、まともに答えたところで揶揄われるのは目に見えた。ここまでの道のりで、エアリスの性格が少し理解できてしまう。
「覚えてない」
「ほんとかな〜? ま、いいけど」
諦めてくれた様子にほっとすると、つんつんと腕を突かれる。隣には口角をあげたナマエがいて、しまったと思った。セブンスヘブンであの花を見てたな。俺が貰ったのを知っていたのも、そういうことなのかと合致した。
「ティファにプレゼントなんて、やるじゃない。色男」
「止してくれ。そんなんじゃない」
「じゃあ、どんなのかしら?」
「あんた急に意地が悪くなったな」
「クラウドが言った、そんな顔ってのをしてみようかと思って」
俺が言った? ――ああ、確かに教会で告げたな。いつもナマエは俺とは違って、口元を緩ませて笑顔を浮かべている。戦っている時でさえだ。その漂々とした顔よりも、口を尖らせて不満を前面に押し出している方が可愛いと思っただけだった。……かわいい? ナマエが……。
「……なに、どうしたの?」
「……いや。タークスから誘いを受けているって、本当なのか」
「え? クラウド、本気で受け止めてる? 違うわよ、レノのただの気まぐれ」
果たしてそうだろうか。あの男の様子から察するに冗談だとは認識できない。本当に好かれているのか? いや、だとしても俺には関係のないことで。……なんだ、やけに心がざわつく。これも、エアリスやあの男が惚れたかなんて聞いたからに違いない。
「あれがわたしの家!」
細い通りを抜けると、スラムとは思えない自然に満ちた空間が広がっていた。咲かないはずの花が咲き誇り、色とりどりに大地を満たしている。扉を開けてエアリスとナマエに続いて入ると、台所に背中を向けている女性が振り向いた。
「ただいま」
「おかえり。少し前にルードが来たけど一体――」
「わたしのお母さん、エルミナ。こちらクラウド。ボディガードなの」
「世話になったね」
「仕事だ」
だが、それもこれで完了だな。後は七番街まで戻るだけだ。ティファたちも無事だとは思うが、気掛かりだし早めに戻ろう。そう考えていたが道が分からないことを指摘されて、渋々エアリスに付き合うことになった。家に泊まるだけではなく、届け先の花まで摘めと言われる。ナマエに助けを求めるものの緩やかに描いた弧で「いいじゃない。休息がてら付き合ってほしいわ」と言われて、仕方がなく頷いた。
「ナマエには、素直なんだ〜?」
「うるさい」
エアリスへ睨みを利かせても、笑って流された。
「ナマエ! あんた怪我してるじゃないか!」
「ああ、これ? ちょっと余所見したら擦っただけ。痛くもなんともないわ」
「そう言う問題じゃないんだよ! 女なんだから顔に傷作るんじゃない」
「ふふ、ありがとうエルミナ」
「ナマエは治療だよ!」
おい、まさかエアリスと二人きりで行けってことか? 冗談じゃない。どうにも押しが強くて俺だけでは手が足りないだろ。
「クラウド、エアリスをよろしくね」
「……はあ」
「ふふ、お仕事だと思って頑張って。そうね……金銭じゃないけど報酬用意しておくから。ね?」
「……仕方がないな」
溜め息を吐き出して、家を出る。扉が閉まる直前にナマエの身を案じるエルミナの声が届いた。そうだ、彼女にはエアリスがいてエルミナがいる。家族がいるんだ。戦いに巻き込んではいけない。
「ねえ、クラウド」
「なんだ。さっさと済ませるぞ」
「ナマエのこと、クラウドになら、任せられるかな」
「またそれか」
女ってのはすぐ色恋沙汰へ繋げたがる。勘弁してくれと視線を向けると、予想に反してエアリスの表情は強張っていた。
「ずっと後悔、渦巻いてる。それが足枷。自由が消えていく」
「……何の話だ」
「幸せになっていいのに、自分で遠ざけてる」
「……」
「いつも守ってくるの、嬉しい。でも、ナマエを守ってくれる人は、もういないの」
ジェシーの言葉が脳裏を過ぎる。
――クラウドもさ、ちょっと気に掛けてあげてよ! ほら、ナマエって強いから皆を守ってくれてるけど、ナマエを守る人って……多分、いないから……
一度、あんたは誰が守るのかと訊ねた時の顔が鮮明に浮かぶ。髪の毛で見え隠れしていたが、困ったような、愁いを帯びて眉を下げた表情。悲哀を押し殺して笑った姿の裏に何を隠しているのか。
「だからクラウド。出来るだけ、ナマエの傍、いてあげて」
こんなに思われてることに、あんたは気付いているのか。
「……ああ」
肯定の言葉は、すんなりと出てきた。
***
エルミナから傷の手当てを受けた後、キツく説教をされた。エルミナは実の娘でもない私に対しても良くしてくれる。スラム街に腰を据えることを決めた時、真っ先に同居の話を持ち掛けてくれたのもエルミナだった。そもそもその前から話は貰っていたけど、やっぱり驚いたのは事実だった。
荒事が苦手だからエルミナの近くで戦闘はしないようにしているけど、やっぱり隠れててもバレるものね。
帰りが遅いエアリスとクラウドを捜しに家を出ると、道にはルードが座り込んでいた。何故か鳩に餌をやっている。
「ルード」
「ナマエか。久しいな」
「あなたの相方にはよく会うのだけれど、仕事真面目にしているのかしら」
「合間を縫っては抜け出している」
「困った相棒を持ったものね」
立ちあがったルードがサングラスのブリッジを押し上げる。暫しの無言のあと、ゆっくりと口が開かれた。
「傷、誰にやられた」
「ちょっと面白いおもちゃと遊んだの。恐らくその時よ」
「……安静にしていた方が良い」
「ふふ、心配ありがとう」
ルードはレノと違って寡黙な方だけれど、心の内は仲間思いなのが良く伝わってくる。落ち着いた言動は時に癒しも与えてくれていて、実は一緒にお茶を飲んだこともあったり。
「今日の目的は?」
「……レノをやった男はどこだ」
「…あぁ…」
分かってしまって、思わず口元に手を当てた。もうすぐ二人が帰って来ちゃうし、困った。
「ねえお願い。なかったことにしてくれない?」
「庇うのか」
「巻き込みたくないの。ルードなら、分かるでしょう?」
じっとサングラスの奥に隠れた情に厚い瞳を見つめていると、ぷいっとそっぽを向かれてしまう。崩れても居ないのに押し上げる仕草をして、息を吐く。
「仕事だ」
こうなってしまえば、ルードの決意は固いらしい。
「じゃ、私が勝ったら退散でどうかしら?」
「お前に傷は付けられない」
「今はレノを倒した男を守る敵よ」
「……やはり、駄目だ」
困ったなあと腕を組むと、奥からクラウドが走ってくる。「ナマエ!」と声を荒げる姿に、私が襲われているのかと勘違いしたのかもしれない。既に手にはバスターソードを握り、険しい表情でルードに向かって振り下ろしていた。当然、ルードはこれを避ける。
「大丈夫か、ナマエ!」
「うーん、もう来ちゃったか」
「は?」
「なるほど。レノをやったのはこいつか」
「ルード待って」
クラウドの前に立って首を横に振る。それでもルードは当然引いてくれない。
「俺だったらどうする」
「事実確認。上長に報告」
「クラウド。もうこれ以上関わらない方が良いわ。私が話を付けるから家に戻ってて」
「ナマエ。俺たちは舐められたら終わりだ」
ルードの蹴りがクラウドを襲う。バスターソードで受け止めたクラウドは余裕そうな表情を浮かべて挑発的な発言をするが、ルードには通用しない。再び振り下ろされる剣閃を避ける。
「やるな」
「帰る気になった?」
「いや、楽しくなってきた」
再び構えるルードに、エアリスが「お願い、今日は帰って」と告げる。けれど引く様子は見せない。クラウドもクラウドで剣を構えたままだし、どうしたものかと考えていると、景気の良いファンファーレが鳴り響く。
「ルード、出た方が良いんじゃない?」
「……」
何度か聞いたからこれがルードの端末からってことはしっかり把握済み。指摘をすると、どうやらお仕事だったらしく、溜め息と共に承諾の返事を返していた。同時に頭上からヘリがやってきて、梯子が下ろされる。
「ナマエ。レノから、良い飯屋を見つけたと言伝を預かった」
「五十年後に考えておくわ」
「え、あ……」
遠ざかるルードに手を振っていると、その手をクラウドに叩き落とされる。レディになんてことするのかしら、と口を尖らせると「怪我は」と。やっぱり私が襲われていると勘違いしていたらしい。慌てて駆け寄ってくれたことに、胸がほっこりしてしまったのは内緒。