スラブ | ナノ

「『貴様らドブネズミには腐った生ゴミが似合いだ。クソが。』」


女が発した、あまりにも綺麗とは言えない表現に思わず安室もぞっとした。だがそれ以上に、対峙していた集団の顔色が一変する。取り巻きの男たちは皆、銃を構える。一斉に向く銃口に動揺することもなく、女は言葉をつづけた。


「これが我が統領からの言葉。返答くらいなら伝言してあげる。代金はココの資金源でいいよ?」
「……ワレワレも、舐められたモノですネ。ジャパンの人間ハ、やはり頭が悪イ。このジャパンで武器を売り捌くより、モット適した場所があることヲ理解できないその脳味噌ガ哀れですナ。」


中華風の男は細長い髭を弄っていた手を下ろした。広い袖口から重力に従ってか銃身の長いそれが手に収められる。その銃口は、臆することのない女に向けられていた。


「残念でスヨ。キレイな顔が血デ染まるのハ、いつみても気分が悪イ。」
「へえ、褒められちゃった。」
「ですガ同時に興奮するんですヨ。貴女のようナ顔がぐちゃぐちゃになる様はネ……!」


中華風の男の顔が酷く歪む。トリガーにかけられた指の動きに安室がマズイと一歩足を踏み出した。その瞬間に、取り巻きの男たちの銃口が一斉に安室に向いた。息を詰まらせれば、中華風の男はおかしそうに眉を吊り上げた。


「せっかくダ、その男の目の前デ、せめて女として天国に連れテ行ってから殺してあげようカ。」
「あら、抱いてくれるの?」
「フフフ、その余裕いつまデもつかナッ!? ――……。」


あげられていた眉が硬直する。中華風の男は言葉を詰まらせてその瞳が飛び出しそうなほどに大きく瞼が開いた。何が起こったのか理解していないのは男だけではなく、取り巻きもだった。


「ァ……ァア、」


ゆっくりと銃を持っている手とは反対のそれが、自身の頭に動く。触れた指先から流れ出るのは確かに血液だった。

撃たれたのだ。中華風の男がトリガーを弾く寸前で、目にもとまらぬ速さで弾が男の脳を貫いたのだ。だがそれは安室の仕業もでも、勿論女の仕業でもなかった。スレイプか――? 安室は咄嗟にそう判断するが、その刹那に、次々とどこからともなく銃が放たれ、取り巻きの男たちの身体が崩れ落ちていった。


「ウッ、」
「!?」
「ぐッァ!?」
「――、」


バタン、バタン、とまるで糸が切れた人形のように事が切れる。広い倉庫の中で立っているのは女と安室、そして未だ硬直している中華風の男だった。即死しないように狙ったのかと安室は目を見張る。


「ねえ、教えてあげるよ。」
「ぁ、ァ」
「私たちの流儀を。」


女はカツン、カツンと足音を立てながら一歩一歩中華風の男に近づく。震える男の手から拳銃を奪うと、女はそれを男に向けた。びくりと震えるその瞳を見て、女は滑稽層に笑みを浮かべる。


「これは、貴方には宝の持ち腐れです。私たちは適した人間に適した玩具を与えるのが仕事です。貴方には、的になるのがお似合いなんです。つまり?」
「ま、…まッ、」
「じゃねー。」


――ガウンッ……


「……。」
「……。」
「……。」
「うん、終わり。」
「……容赦がありませんね。」
「手を抜く理由はないからね。もしかして、ビックリさせちゃった?」
「驚いたのは事実ですよ。貴女には銃は似合わないと思っていましたから。」
「フフ、綺麗なだけじゃ生きていけないよね。」


床に広がる赤いそれを見下して、その沼に女は武器を投げ捨てた。そのまま倉庫を後にする背中に安室はついていく。倉庫の入り口から出る短い距離間の中で、鼻はキツイ鉄の匂いに麻痺しそうになった。


「帰ろう、透。なんだか嫌な気分になっちゃった。」
「ええ。そうですね……。」


いつか起こるであろうと想像はしていたが、目の前での惨劇には目を閉じるしかない。外に出た途端に突き刺す太陽の光がやけに鋭利だと、脳裏で感じた。
外に出ると、車に背中を預けていたスレイプが、ライフル片手に手を挙げた。


「あーぁ、やっぱりいる。」
「え? ……彼女は……。」


だがそこにいたのはスレイプだけではなかった。迷彩服に身を包んだ女がそこにはいたのだ。手にはライフル。背中にもライフルを抱えている、完全なスナイパーがそこにはいた。女は黄蛍光色のゴーグルをかけていた。射撃するのに邪魔だからか、赤茶の髪はバッサリ切られている。


「シーちゃん来てたんだ。」
「統領の命令だ。アタシが何故貴様の身を護らなければいけないのか理解に困る。」
「それはこっちの台詞。統領は過保護で嫌になっちゃうなぁ。」
「ならば皮をはぎ棄てろ。貴様が死せば統領は昔のままであられた。」


過保護。皮。昔のまま。
さまざまな単語が安室の脳内で巡る。一体どういう繋がりなのか、と安室が考え始めた瞬間にシーちゃんと呼ばれた赤茶の女がその鋭い眼光を安室に移した。そのタイミングの良さに思わず心臓がギクリと音を立てる。女は何も言わないまま安室を見つめた。


「安室、コイツは篠河。ウチ随一のスナイパーってトコだな。」
「だからシーちゃんですか。」
「その呼び方は止めろ。反吐が出る。」
「シーちゃんって本当に酷い。」


女の言葉を無視して、篠河は足音を立てずに安室の目の前まで歩を進めた。まるで品定めをするような視線を、ゴーグル越しに感じる。安室は無難に手を差し出して、人当たりの良いその笑顔を張り付けた。


「安室透です。よろしく。」
「……フン。」
「お、おおい!?!?」


篠河がライフルを床に落としたと思えば、その手で安室に向かって拳を振りかざした。咄嗟の反応で安室はその拳をよけて、その手首を抑えようとするがこれを交わされる。次に繰り出された蹴りに空ぶった腕で応えた。腕に伝わってくる振動は半端なものではなく、首元まで鋭い痛みが伝搬してきた。咄嗟のそれに驚いたスレイプが声を荒げるが、篠河は無表情のまま安室を見つめた。


「どうやら、ココの歓迎方法は一貫して暴力のようですね。」
「力は最低限だ。違うか?」
「いいえ、否定はしませんよ。ただ、容易に手が出るのは行儀が悪いと感じただけです。」
「貴様の脳天に当てなかっただけマシと思え。」
「それに関しては礼を言いましょう。丸腰の僕には、あの状況は厳しかったですから。」


篠河は地面に無残にも落としたライフルを踵で蹴り上げる。器用にもライフルはそのつま先によって宙を舞い、篠河の群青色のグローブに収まった。きれいなその動作に思わず安室が拍手を送る。篠河のゴーグル越しの鋭い視線が安室に突き刺さるが、一切臆することなく満面の笑みを浮かべていた。


「フン、よく言う。」
「……。」
「アタシは先に戻る。」


無表情だった篠河が微かに口角を上げた。


「貴様には興味がある。」
「光栄ですね。」
「アタシは射撃場にいる。今夜来い。」


篠原はそれだけを告げて、真っ黒なバイクに足をまたいで颯爽とその場を立ち去った。残された3人は血の匂いを抱えたまま、静かに車へと向かう。


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情報2
▽ 幹部の女(嬢)
「安室透」が会った、謎に包まれている二人目の幹部。
明るく、活発な言動により愛されてる反面で、組織幹部として非情な一面や技術を持つ。
スレイプ曰く「あの女の機嫌を損ねたら最後」と言わしめるほどの立ち位置にいる。




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