すっかり陽も伸びた。夏の夕方は一際長い。
そんな帰り道、私はいつものように川沿いの土手を歩いていた。
川面に反射した光がオレンジ色の粒を放っていて眩しい。
きらきらと光るそれが私の目の前で輝いている。
そんな光景をぼんやりと眺めていたときだった。原田先生を見つけたのは。



「よぉ!今帰りか?」



夕陽に照らされて更に明るく見えるその笑顔。
片手をひらひらさせながら、こちらに近付いて来た。
どうやら先生も今日の職務を終えて帰宅途中らしい。
左手には通勤鞄とコンビニの袋が下がっている。



「先生も帰りなんですよね。どうしてこんなところに?」

「うーん?まぁ、大人の事情ってやつだ。」



気をつけて帰れよ。と付け加えて、先生は私の横を通り過ぎた。
どんどん離れていく先生の背中を、見えなくなるまで見つめてしまっていた。
前へ歩き出そうとしたところで、ふと土手下が目についた。
茂みの中に小さな段ボールが見える。
そういえば…先生は土手下からひょっこり現れたような…。
気になった私は土手下に降りてみようと思ったのが始まりだった。


まるで人目につかないように存在する段ボール箱。
土手を下りて近付いていくと、だんだん何か聞こえてきた。
けど、段ボールの前まで来た時、ピタリとその何かが聞こえなくなった。
その場にしゃがみ、閉じられた蓋を開けてみる。
すると中から子猫3匹が顔を出した。
前足を段ボールの縁にかけ、2本足で立って私の顔を見て鳴いている。
箱の中を良く見れば中には柔らかいタオルが敷かれ、餌皿が置いてある。



「これ…もしかして先生が…。」



可能性としては考えられなくはない。
そうだとすれば、先生が土手下から来たのも分かる。
でも先生が捨て猫の面倒を見てるなんて…。
そう思うと不思議な気がしてならなかった。


あれから毎日あの土手で先生と出会う。
その度に、今帰りか?と気をつけて帰れよを繰り返される。
先生は多く語らない。けれど愛想が無いわけでもない。
広く浅く…どの生徒や先生に対してもそんな感じだ。
だから先生の本心はよく分からない。
先生が立ち去った後に子猫たちの様子を窺って見れば、今日の分のご飯が置いてあった。
やっぱり先生が…日に日にその考えは確信に近付いていく。





それから数日後、まるでバケツをひっくり返したような雨が降った。
午前中のほとんど窓の外を眺めていたけど、降り止む気配はない。
しかも午後になるにつれ、勢いも量も増したように思えた。
ただ気になっていたのは、あの子猫たちのことだった。



「大丈夫かなぁ…。」



窓に触れた指の周りは、外と中の温度差により白く曇った。
呟いた言葉も激しい雨の音に掻き消され、窓に映る自分は歪んで見える。
先生は子猫たちのことを心配してるんだろうか…。
ふとそんなことを思ってしまった。



帰る頃には雨は小降りに変わっていた。
土手沿いを歩いていると、雲の隙間が少し晴れているのが見える。
きっと明日には元通り綺麗な空が広がっているはず。
そう思って少し気分が高まった。いつの間にか足取りも軽く速くなっている。
そのまま子猫の元へ向かう。と、段ボールが見当たらない。
慌てて土手を駆け降り、茂みの辺りを見回してみる。
けれどどこにも子猫の姿は見当たらなかった。



「まさか…この雨で…。」



嫌な予感が頭に浮かんで離れない。
何とかいい方向に頭を働かそうと考えるけど、胸の動悸が止まらない。
ドッ!ドッ!と鼓動すると共に不安な気持ちが募った。そのときだ。



「璃依那?」



ばっ!と振り返ると、そこには原田先生が立っていた。
思わず、あっ…と情けない声が出る。次の言葉が浮かばず、詰まっていた。
すると先生はあぁといった様子で、何やら鞄の中を漁りだす。



「もしかして、こいつらか?」



そう言って先生の鞄の中から子猫が3匹顔を出した。
紛れもなく昨日まで段ボールに入っていた3匹だ。
先生は私に子猫を手渡してきた。3匹とも受け取り自分の腕に抱かせる。
先生はと言うと、小脇に抱えていた段ボールとビニールシートを取り出した。
まだ湿っぽい芝生にビニールシートを敷き、その上に段ボールを置いて器用に組み立てていく。
あっという間に段ボールが防水性のものに変化した。



「これで完璧だな。」

「あの…もしかして先生がこの子たちを…?」

「あぁ。昨日の夕方、天気予報見てたら夜中からどしゃ降りだっていうからよ、帰り道に寄って一旦連れ帰ったんだ。」

「そうだったんですか…!」

「もしかして、璃依那もこいつらの心配してたのか?」

「え、あー…まぁ…。」

「じゃあ来た時こいつらが居なくてびっくりしただろ。悪かったな。」



手で頭を掻き、申し訳なさそうにする原田先生。
先生は謝らなくてもいいのに。むしろ感謝してる。
先生が連れ帰ってくれなかったら、この子たちは…。
そう思うとちょっと怖くなった。



「飼ってやれればいいんだけどな…。」

「先生の家、ペット禁止なんですか…?」

「まぁな…けど、すっかり懐かれちまったな。」



抱え上げた1匹は先生の口周りをぺろぺろと舐められている。
もう2匹は先生の膝に前足を掛けたり、足周りに身体をすり寄せたり。
相当先生に懐いている様子だった。



「璃依那の家は飼ってやれねぇのか?」

「私の家は母親がアレルギーなもので…。」

「そりゃ無理だな。何とか引き取り手を見つけてやりてぇんだがな…。このままじゃ保健所行きだ。」



この先もずっとここに居たら業者の人に連れて行かれる。
暗い未来が待っているなんて可哀想だ。
私に出来る事といったら…。



「先生。」

「ん?どした?」

「私、この子たちの里親募集ポスター作ります。学校や近所に貼って呼びかけてみようと思います。」



一瞬目を丸くした先生だけど、にっこり微笑んで手伝うぜと言ってくれた。
立ち上がった先生がぽんぽんと私の頭を叩く。
足元では子猫たちが鳴きながら私にすり寄ってきた。
再び抱き上げた子猫の温もりに思わず泣きそうになりながら、その小さな体温をぎゅっと抱きしめた。





体温が心地よいならそれは愛


私の心を満たしてくれるのは貴方です





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