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その姿が視界に入った時、膝から力が抜けた。もう一人では立っていられないほどにショックだった。アスファルトに崩れ落ちて座り込む。

「や」

そんな槭の状況とは反対に馬鹿みたいに明るい声で挨拶をしてくるのは、槭にとって大切な、掛け替えのない友人だ。

「君とは特に、縁も無ければ、情も無いけどね」

何度この光景を見ただろうか。
何度この光景に絶望しただろうか。
何度この光景に打ちひしがれただろうか。
その度に奮い立って、何度だって立ち上がって、文字通り血反吐を吐いて、今日までを過ごしてきた。

「数少ないクラスメイトだ。折角だから挨拶に来たよ」

いつも同じ顔だ。
諦めて悟ったフリして、でも全然捨て切れてない顔。
もう一体何回友人になり直したか覚えてないが流石の馬鹿でも此処までくれば、同じく馬鹿な友人の顔をみれば思考がわかる。

「………」

何でこいつ、こんなに頭がいいのに馬鹿なんだろう。槭を散々馬鹿だと詰ったが、お前はどうなんだよと聞きたい。頑固者で馬鹿で本当にどうしようもない。こんな馬鹿、さらに馬鹿な槭がどうにかするなんて土台無理だろ。

「お前さぁーーー」

もう顔も見たくなくて、槭は馬鹿の足元に視線を落とした。馬鹿が動揺しているのが空気で伝わる。それもそうだ、今回は一度だって喋ったことがない。徹底的に無視したから。したくなったけど、したから。

「ちょっと、流石に、………疲れて来たな」

なのに報われないって、どういうことなの、ちょっと馬鹿だからよくわからない。
槭はハハハッと引きつった笑いをこぼす。

「俺うまくやったのに。悟があの男に殺されるのは必要事項だって何十回目かで気付いたからそこは手出しできなかったけど」

あの瞬間は、何度見ても背筋が凍る。あのもう一人の馬鹿は死なない、けれどだからと言って傷ついていいわけがない。しかしあそこが崩れると、そのあと全てがうまくいかなくなる。死なないのであれば、妥協するしかなかった。馬鹿が一度死んでさらに馬鹿になるのをただ見届けるしかなかった。見るしかできない自分に、何度も吐いた。

「天内もメイドも、灰原も助けたし」

そうやって馬鹿を一回見殺しにして、でもそれ以外は全て今回はうまくいった。目の前の馬鹿をおかしくするものを、全てを亡くさないように立ち回った。槭だって別に死んで欲しかった訳ではないから、救えて万々歳だが、一朝一夕にできることではなかった。槭はただのしがない学生で、強くもない並みの呪術師でしかない。何か特別なことができるわけではないし、味方もいない。

「あの双子の村だって、俺が通報して回避して。そんで」

出来ることといえば、前回のことを覚えておくことぐらいだ。一回ずつ学んで、対策を立てて、道筋を外れすぎないようにしながら、繰り返すしかなかった。でも今回までで何度も友人を殺してしまった。槭が馬鹿だったから。要領よく動けなかったから。

「俺ちゃんと不幸ためるために、何度だって死にかけたし、たくさん嫌われに行ったし、悟だって、傑だって、俺のこと殴って、もう嫌われまくったのに」

繰り返すうちに自分の術式が成長して行くのを感じた。槭が怪我をしたり、誰かに嫌われるたびに、呪力が術式に吸われる。そうして術式が成長する。抜け出せない世界の中で、槭は何回めかで仮説を立てた。傑を助けるためには、馬鹿に関わる全てを救って、かつ自分も不幸になる必要があるのではないかと。だって、救っても救っても。

「何で、……何でお前、俺のところに絶対に来るんだよ」

馬鹿は必ず最後の挨拶に槭の元へ来てしまう。
嫌われつくして、この杯が満杯になれば何か変わると思ったのに。そう思って他人から嫌われて、嫌って、傷付けられて、傷付けて、そんなことさせたくなかったけど、馬鹿達に嫌われるように動いた。何が楽しくてこんなことしなくちゃいけないんだ。こいつらいい奴らなのに、何てことさせちゃったんだ。めちゃくちゃ泣いた。

なのに、こいつ来るんだもん。どーしたって来るんだもん。何だったのこれまでの時間。
馬鹿だ馬鹿だと何度も笑われた頃が懐かしい、あの時間に帰りたい。槭を馬鹿だと笑いながらも、引っ張ってくれた相手にまた会いたい。

「あと何回死んだら」

あと何回死んだらこの馬鹿は変わるのだろうか。もうこれ以上ないぐらい馬鹿の動きを探って対策をうったので、もはや打つ手がない。ボロボロと涙が溢れるのを感じる。だってもう、本当に何も思いつかないのだ。槭が馬鹿だから。

「俺はただ、悟の隣に傑がいて」

悟が言うように馬鹿だから。

「傑の隣に悟がいてくれさえすれば、いいのに」

傑が言うように馬鹿だから。

「二人して硝子置いてくなよ!!!!」

自分の馬鹿さが本当に嫌になる。自分の弱さが本当に嫌になる。友人ひとり、ロクに救えない。




「未来を書き換えるためになら俺はもういいから」

ぽっきりと心が折れるのを感じた。
これ以上もう何も思いつかないし、何よりも疲れた。槭が不幸になるのはいい、ただ好きだった人たちの手を汚させるのは本当に苦痛だった。だって、そんなことを言うような、するような人たちではないと、分かっているから。

涙を滲む視界の中、上を向いて自身の術式を確認する。ーーー杯は槭の不幸で満たされた。

「蠱術」

術式が発動して、杯に亀裂が走り、もう間も無く割れる。
術式の発動に馬鹿が何か言っているが槭にはもう聞こえなかった。ただこれだけは馬鹿に忘れずに伝えておく。

『文句あるなら、頭良くなって出直してこい、ばーか』

馬鹿なのは槭だけで充分だ。


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