■9th











「槭の呪力ってどうなってんの?術式のせい?」

傑が教室までの廊下をのんびりと歩いているとそんな言葉が聞こえて来た。高専は生徒が少ない上に、校舎が木造だ。静かなので音が響きやすい。一度誰かが口を開けばその声は近付かずかとも聞こえてくる上に、先程の声の主である悟は声が大きい。そのせいでやたらハッキリと教室に辿り着いていない傑まで内容が聞こえてきた。どうやら話し相手は文脈からしてクラスメイトの槭らしい。珍しいと思った。槭は多弁ではなく反応もあまり良くない。そのため悟は槭のことがつまらない奴だとあまり構いたがらない。その悟が話しかけている。余程暇だったのだろう。

「てか何でいっつもマスクしてんの?」
「……喉弱くて」
「へー」

槭は四六時中黒いマスクをしている。入学当時は頭が金髪に染められていたこともあり、黒いマスクと相まってDQNにしか見えなかった。今は染め直していないようで髪はすっかり黒くなり、黒いマスクとの相乗効果で完全に根暗にしか見えないが。
槭のそのマスクをしている理由を聞いて、嘘だなと思った。悟も同じことを思ったはずだ。どんなに喉が弱くてもそれこそ一年中マスクをしているのはおかしい。過去におった傷でもあるのかと思うが、食堂で食事をしている姿を見るに、顔に傷はなかった。まぁあれだけマスクを外さないところを見ると、自分の容姿が好きではない等、何かしらの理由はあるのだろう。無理やり暴くようなことではない。

「で、呪力の方は?」
「何が」
「何か、すげー、すげぇじゃん?」

聞きたかったところを聞き出そうとしているのだろううが、悟の語彙力が崩壊している。それでは何も伝わらないだろう。教室に辿り着いた傑は開けっぱなしにされている教室のドアから中に入る。

「おはよう」
「お、傑。ハヨ」

片手を上げて悟が応じた。窓際に座る槭に傑は再度声をかける。

「おはよう、槭」
「……はよ」

聞こえていないはずがないと、傑が微笑むと、槭は観念したように返事をした。それに満足して、傑は自席に腰を下ろす。

「槭の呪力の話?」
「そーそー」

先の話を蒸し返すと、槭は嫌そうな顔をしたが悟は気にせず喋り続ける。生憎と二人はクズなので嫌がられたところで興味があることについて喋るのを止めようとはならない。

「普通はこう、もやもやーと覆うんだけど」

両手で傑の周りに円を描く悟に傑も同意するように頷く。呪術師は能力が高ければ呪力を目視することができる。傑も呪力を見ることができ、悟に被さる呪力も見ることができる。しかし槭の呪力はよく分からなかった。常時あるのだと思うが、稀に靄があらわれ、そして何処かに消える。一般人であれば呪いに触れたときにみられる光景だが、しかし槭は呪術師だ。その呪力量は安定しているはずで、その証拠に実力は並みの呪術師と変わらない。

「槭のはなんか、メモリが書いてある壺?容器?みたいなのに呪力が吸われてる?いやこっちの呪力が計測されてんのか??あれか、イメージは、ドラゴンボールにでてくる、強さはかるやつみたいなやつか」

どんな例えだ。分かりづらすぎる。

「サイヤ人ってことかい?」
「いやその弱さでサイヤ人は無理だろ」
「悟」

確かに槭は並みの呪術師程の実力がある。しかしそれ以上はない。最強と謳われる五条悟には及ばないとしても、同級生の夏油傑にも及ばない、突飛つすることはない平凡な呪術師、故に、この呪力が異様だった。
とはいえ、急に悟が槭を弱いというのでギョッとした。クラスメイトとはいえ、親しくもない相手に失礼すぎる。しかし槭は怒るどころか感情を露わにすることはなかった。

「別に良いよ。本当の事だから。俺マジで弱いから、友達ひとりロクに守れないし」

その言葉に槭の過去を垣間見た。親しい友人を無くしたことがあるらしい。言葉は平坦で、今は何とも思っていないようだったが、当時は恐らく後悔していたのだろう。そうでなければ出てこない言葉だ。傑が悟を視線で咎めると、悟もまずったなという顔をしていた。興味はあったが、傑も悟も槭を悲しませたかったわけではない。
妙な気まずい沈黙が流れる中、開けっぱなしになっている教室のドアから最後の一人のクラスメイトが足早に入って来た。

「クズ共集合ー。歌姫先輩と冥さんの捜索だ」
「は?」
「どうかしたのかい?」
「二人とも二日間連絡がつかない」

携帯電話を片手で振って早く来いと急かさせる。
そもそも人員の少ない呪術界で、女性ともなればさらに希少だ。同級生で唯一の女である家入硝子は、京都校の庵歌姫と一級呪術師の冥々とは親しくしているようで、今回も東京での任務と聞いて連絡を取り合っていたらしい。
学生ではない冥々はともかく京都校の庵歌姫とは傑も顔見知りである。

「それは心配だね」
「はぁーーー、しゃーない。行ってやるかぁ」

傑が立ち上がると、悟も渋々といった様子で腰を上げた。暇だから、硝子が言うなら、傑が行くなら、そんなことをぐちぐちと口にしている。それに苦笑いを浮かべて、傑は振り替えった。あとひとり。

「槭?」
「……三人いれば充分だろ。俺は学校で待機してる」

自席に座ったまま、槭は窓の外を眺めていた。来る気はないと告げるその姿に、任務でもないので無理に連れて行くことは難しいだろう。悟が舌を出した。

「おえー付き合い悪ぃの」
「悟」

それを行儀が悪いと咎めて、傑は槭から視線を外して先を歩く硝子の背を悟と共に追う。


校庭を抜けて正門へと向かう三人を槭が教室から見ているとも知らず。


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