5 5th 「めんそーれ!!!!」 そう叫んで海に駆け出していく天内を見送る。楽しそうな後ろ姿はいたって普通の女子高生で、とても大きな使命を背負って生まれてきたとは言い難かった。この後のことを考えると平穏とは言い難い心境であったが一旦横においておくことにした。折角沖縄にいることだし、警戒しつつも楽しまなければ損だ。ーーーそう、折角沖縄にいるに。 「槭、どうした?」 「え?」 隣に立つ槭の顔を覗き込む。やけに静かなので体調が悪いのかと思ったが、顔色は悪くなさそうだ。入学時それは眩しいぐらいに金に染めてられていた槭の髪は、今はプリンを通り越して、毛先に名残があるだけだ。「それはそれでそういうファッションにもみえる」と硝子は言うが、初対面の人間が近寄り難いから傑はどちらかにするようにいっていた。当の本人はへらへら笑うばかりで改善しない。 「君なら、沖縄にもっとはしゃぐと思ったんだけど」 「あーーー……」 槭が言葉を濁すので傑は訝しんだ。槭は常時テンションが高いが、イベント毎はさらにはしゃぐ。沖縄となればそれはもう、動物園で威嚇する猿よりもうるさいと思っていた。しかし何故だか静かだった。海だといって飛び込む様子も、星の砂を喜ぶ素振りもなく、ただどこか遠い眼差しで天内を見つめていた。槭は、度々こう言う顔をすることがある。その度にどうしたのかと聞くが、ぼーっとしてただけと返されるのが常だった。 今回もそんな雰囲気だが、此処は沖縄だ。ぼーっとしていたというのは些か違和感がある。疲れたのだろうかと心配になるが、任務に訪れてから今のところまで特に槭が何をしたわけでもない。疲れているのは悟の方だろう。気疲れだろうか。いや槭にそんな繊細さはない。気遣いという言葉を無意識に踏み潰して、え?気遣い?どこにいんの?と心底不思議そうに聞くような男だ。 しかし現に槭ははしゃいでいない。てっきりはしゃいで振り回されると思っていた傑は肩すかしを食らい逆に心配になっていた。そんな保護者の気持ちの傑とは裏腹に、同じく同級生の悟は過保護だろと呆れた声を漏らした。 「来たことあんじゃね?」 「そうそう!それ!」 「そうなのかい?」 「そう!もう、……5回くらい?だから俺もう沖縄マスター!沖縄マイスター!略してオイスター!観光名所に特産品、お土産なんでも聞いてくれ!」 「おお!なんて頼もしいのじゃ!!!」 オイスターはもはや牡蠣である。そんなバカが露呈している槭の言葉に気が付かない天内が興奮した声を漏らして戻ってくる。それに槭は驚いた顔して、直ぐににっと笑った。 確かに槭の言う通りであれば、五回も来ていれば感動も驚きもないだろう。はしゃがないのも納得がいく。都内出身だと言っていたが、高専に入学するまでに五回も沖縄に行くなんて余程の旅行一家だったのだろうか。 悟が槭を試すようにその頭を腕置きにして尋ねる。 「オススメは?」 「そりゃあ!………、……」 「槭?」 一瞬言葉に詰まる槭に、傑がまた不審がって名を呼ぶと、直ぐにハッとしたように何でもないと首を横に振った。何でもなくはないと思うのだが。沖縄に何かトラウマでもあるのだろうか。しかし槭は笑って答える。 「ソーキそばと、美ら海水族館かな」 「ええええなんか普通じゃねー?」 「バッカ、お前!王道が結局一番楽しいんだよ!!!特に美ら海水族館は何度行っても最高だからな!!!!」 穴場でも何でもない、誰でも知ってるような観光名物を挙げられて悟は不満そうな声を漏らした。それに対して、槭は王道の素晴らしさを熱弁している。この熱量ならトラウマはないなと思った。そうなると、何が槭をああしてしまうのだろう。いつか、聞けるだろうか。 悟の首を締めている槭に、その行為を黙認した天内が目をキラキラとさせる。 「妾は水族館に行ったことがないのじゃ」 「天内は、絶対に水族館気にいるよ」 その言葉は確信を持っているような断定された言葉だった。おや、と流石に異変に気が付いたのか悟も槭に首を絞められながら槭をサングラス越しに見下ろしている。その視線に気がつかないまま、槭は天内にまるでその光景を見ていたかのように語る。 「大水槽の前を通った時、天内の隣を大きな鯨が泳ぐよ。天内は、まるで世界が小さくなったみたいな、水の中を歩いているような心地になれる」 これは本当に五回訪れたというだけの経験則なのだろうか。 |