別に来なくても良かった。特別な縁もないし。強いて言えば、数少ないクラスメイトで、呪術師としてこの歳まで生き延びた仲ぐらいだろうか。悟と、硝子の顔を見て、彼の顔も見ておこうかと思い立っただけだ。深い意味などない。

「折角だから、君の顔も見に来たよ」

雑踏の中、傑が穏やかに笑って声をかければ、彼ーーー数少ないクラスメイトだった槭は足を止めた。突然のことにきっと驚いているのだろう。傑は呪術界を裏切った。両親を、人を殺して、高専に戻る気も無く、むしろこの搾取世界を終わらせると、大義を宣言した。完全に敵対関係となった傑のことを、槭はどう思っただろう。
これまで通り、無視されるのだろうか。泣くのだろうか。罵るのだろうか。ワクワクとした高揚感を抱きながら傑が顔を合わせれば、まさかのリアクション。

「あーーー!!!!マジかーーー!!!!!!」

大声に周りが驚いてぎょっとして此方を見てきた。地面に今にでも転がりそうな勢いで頭を抱えて座り込む槭に、関わらないでおこうというように、周りの人間が離れる。避けられたため、傑と槭を中心として変な輪ができてしまった。これには傑も驚いて目を丸くした。こんなに大きな声を出す槭は初めて見た。というか話せたのか。いやまさかこんなに感情を露わにされるとは思わなかった。話しかけても無視され続けたので、槭にとって傑は大した存在では無いと思っていたが。もしかして彼の中では友人だったのだろうか。

「今度は良い線いってると思ってたんだけどなー……何ポイント制なんだよこれマジで……」

しかしブツブツと呟いている内容は傑の離反に関する恨み言では無い。ポイント制とはどういう事だろうか。傑の目の前で彼はしゃがんだまま頭をぐしゃぐしゃと掻き毟った。

「また!やり直さないといけないのかよー!」
「……?どういう意味だい?というか、キミってそういう感じだったのか?」

割とノリが軽そうだ。喋れば悟と仲良くなりそうな雰囲気がある。というかスラスラと喋れているので喋れないわけではやはりなかったらしい。意図的に話さなかったのだとしたならば何故今急に喋り出したのか。尽きない疑問に傑が問い詰めようとする前に、槭が急に立ち上がった。

「傑ー!!!そろそろ意固地にならず悟の隣にいてやってくれーーー頼むーーー!!!」
「?は…?え?君、私たちの事、名前で…?」

大声で人の名前を叫ばないでほしいが、それよりもまさか名前で呼ばれると思わなかった。もしかして心の中ではいつも名前で呼んでたのだろうか。やはり彼の中では自分は友人だったのか?と傑は内心首を傾げて、いやそうであれば”悟の隣に”というワードが可笑しいと気付いた。彼の言っていることは全て過去形で"やり直さないと"という言葉と結びつく。

「今回はお前らと関わらないようにしてたけど、やっぱりお前らからも嫌われる努力しねーとダメなのかなぁ」

槭がそのもっさりとした前髪を掻き上げた。今まで見ることができなかった瞳が露わになる。感情が分からないと思っていたはずなのに、その瞳は雄弁に槭の感情を傑に訴えてきた。目は口ほどに物を言う、彼は自分の感情を漏らさないために目を覆っていたのか。

「それだけは、嫌なんだけどなー……」

傑を泣きそうな目でみる槭に、傑は違和感を覚えた。ドクンと、有り得ないほどに脳が揺れる。目の前が霞んで景色がダブって見えた。何処かで同じ言葉を聞いたことがある。いつ、どこで。槭の声を聞いたのは今日が初めてで、いやーーー初めて、だったか?

頭を抑えて混乱する傑の目の前で槭は除霊の際の護身用に持ち歩いている小刀を取り出した。いや、それが護身用に持ち歩いている刀だと今の傑は聞いたことがない。けれど知っている、よく知っている。なぜ、どうして。

「はい、めそめそタイム終了。そんじゃ次逝ってみよー」
「っ!!!!」

泣きそうだった瞳は次の瞬間に消えて、駄目だと傑は止めようとしたが間に合わず、槭は小刀を自身の首に当てて迷いなく横に引いた。

「槭!!!!!!!!!」

飛び散る赤と、周囲の悲鳴。崩れ落ちる槭の体は重力のままに地面に転がった。その向かいで傑は激しく痛む頭を抱えて立ち尽くした。頭の何処かで「また泣かせてしまった」と項垂れ嘆く自分がいて、状況を整理する前に、傑の世界は暗転した。



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