五条の屋敷にある椋の部屋の戸を声もかけずに勝手に開けるのは一人しかいない。当主にあげる報告書を文机で書いていた椋は、開けられた戸に振り返ることなく、ペンを走らせた。戸が開いて一目散に椋の元へと駆け寄り、そしていつもであれば背中に張り付いてくるのだが、今日は珍しく机と座椅子に座る椋の間に無理矢理に割り込んでこようとする白い物体。意固地になる理由もないので溜息を吐いて机との間に隙間を空けてやれば、膝の上に登ってきて赤子のように椋に正面から抱きついてきた。まだ体格差があるとはいえ、椋は骨と皮しかないので甥を乗せると普通に重いし骨が圧迫されて痛い。

「どうした、悟」
「……椋」

宥めるように背を優しく叩いてやれば、悟は椋の胸元に顔を埋めてくぐもった声を漏らした。邪魔だ報告書が書けない、とは思ったがペンを走らせることを諦め机に置き、座椅子の背凭れにもたれかかる。悟は随分と落ち込んでいるようだった。呪術に関することで落ち込む要素が悟にはないので、人間関係だろう。

「何があったか言ってみな」
「……あいつら、…俺を化け物だって、怪物だって」
「ふーん」
「椋も、そう思う…?」

めんどくせぇなとしか思わないが、そんなことを言えば喚くか泣くだろうから椋は口にはしなかった。
悟は、いずれこの世で最強になる男だ。その唯一無二を、化け物、怪物と呼ぶ。非術者からしたら術者は化け物かもしれないが、術者の中でも一線を画すものは線引きされるらしい。区別か差別か。椋は悟と甚爾以外のことはどうでもいいのでその差はよく分からないし、椋自身言われたところで何とも思わない。
椋は悟のつむじを眺めて考える、今の悟に近いところにいるのはきっと椋だ。

「なら、悟。俺は化け物か?」
「!それは無い!あり得ない!」

顔を上げて、力強く否定する悟。あまりにも勢いよく顔を上げたので顎を打つかと思ったが、間一髪回避できた。現世に唯一、青い六眼が椋をその瞳に写す。

「じゃあまぁ、そーいうこと」

椋が悟の頭を撫でてやると、悟がくしゃりと表情を歪めた。ありったけの力を込めて抱きしめられて、骨と皮しかない椋はぽっきり折れそうだった。

「……椋ってずるい…」
「どういうこと?ってか骨折れそうで痛い。あと書けない。どいて」
「ヤダ」

膝の上でやだやだと駄々を捏ねる甥に深く溜息を吐いて、椋は天井を見上げる。この手の差別のようなものに悟は生まれたときからずっと苦しめられてきた。六眼を持って生まれてしまったから、無下限を持って生まれてしまったから。有象無象に望まれて、全てを持って生まれたのに、いざ生まれると手に余るなどとんだ笑い話だ。せめてどちらかさえ欠けていればーーー化け物は椋だけですんだのに。



この何れ最強を冠するであろう甥を化け物や怪物ではなく人間にしてやるにはどうしたらいいのだろうか。
少なくとも、このまま五条の家に居たら何も変えられないだろう。動くならばはやめいがいいか。

椋は先日会った、額に縫い目のある男のことを思い返した。




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