各人生存 夏油not離反
脳は夏油ではないモブの誰か













渋谷駅地下鉄構内で起こっている未曾有の事件、大量の呪霊による人間への襲撃。それを鎮めるために悟は一般人への被害を最小にとどめながら、湧いて出てくる呪霊の鏖殺を繰り返した。虫のように湧いてくる雑魚呪霊と、数体の特級呪霊。本来であれば特級呪霊から片付けたいところだが、周囲に群がっている一般人が邪魔だった。それらが死んだところで悟は構わない、しかし死なせないために悟は存在している。ままならない状況の打破に苦戦していると、その時は唐突に訪れた。

「久しぶり、悟」
「は?」

揺らめく、美しい髪。
一瞬、悟の全ての時が止まった。目の前に現れたのは、何年も前に離反した、悟の叔父の、椋だ。悟が幼い頃から唯一懐いて、大好きだった相手。離反の判断を呪術界上層部がしても、悟は信じていなかった。思慮深い椋のことだから、事情があるのだろうと、何年も探し続けて。目撃情報があれば、それが不確定でも現地に飛んでいって確認した。六眼を使って何度も痕跡を追いかけようとした。それは悟だけでは無い。椋の幼馴染である男もまた、椋を探しており。けれど何処にもその影すら見つけられなかった。その椋が、渋谷駅構内で、悟の前に現れた。六眼が断定する、目の前にいるのは間違いなく椋であると。
それは刹那のことだった、だがその時間は悟の脳内では一分が経過していた。

身体が何かに拘束される。直ぐに呪力を放出し逃れようとして力が出ずに愕然とした。同時に察した、これは、封印だ。

「戦闘中は、考え事したらしたらだめだって教えたはずだけど」
「椋…!」

悟は絞り出すようにその名を呼んだ。髪が随分と伸びているけれど、椋は記憶の中の姿と変わっていない。その記憶の姿のまま、椋は諭すように悟に語りかける。焦がれた気持ちで胸が苦しくなる。その声で名前を呼ばれて涙がでそうになる。確かめたくて、触れたくてたまらない。椋だ、間違いなく悟の大切なひと。
椋を思うからこそ、この状況が理解できなかった。悟を封印しようとこの渋谷事変を引き起こしたのは明らかだが。椋は他人に興味を持たないが、持たないからこそ無差別に人間を殺すような事は選択しない。それは断言できる。そもそも悟を封印などして椋にとって何の利がある。何故。何のため。そう問おうとして、椋のその隣に額に縫い目のある男が現れ、悟は目を見開いた。

間違いなく、黒幕は縫い目のある男だ。








***








額に縫い目のある男に付き添うままに入店したファミリーレストラン。漏瑚は呪霊なので店員はおろか客にすら認識されていない。

「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」

この世の人間の一新を成し遂げるべく、縫い目のある男の話へと耳を傾けた。そこで聞かされた、五条悟という呪術師の存在と、両面宿儺の器の話。そして、希少な呪物、獄門彊。まさか現存しているとは思わずぜひ蒐集に加えたいと、興奮して暑くなる漏瑚の元に店員がのこのことやってくる。漏瑚は漏れ出る熱で邪魔な店員を焼死させようとしたが、それは叶わなかった。何故か、火の粉が店員にかからない。貼り付けたような笑みを浮かべて、未だ生きている店員を漏瑚は訝しんだ。何故生きているのか。呪力を感じない全くの一般人で、店員が自分自身を守っているとは考え辛い。

「……珈琲二つ」
「か、畏まりました!少々お待ちください」

黙々とメニューを見ていた長髪の男が顔を上げる。その顔を見て店員が顔を赤くして走り去っていった。
目の前の額に縫い目のある男は恐らく違う。人間の生死など気にしない男だ。とすると、もう一人。店員へオーダーをした長髪の男、動いたそぶりは無かったが、消去法からして漏瑚から店員を守ったのはこの男だ。

「……貴様、今何をした」
「漏瑚、彼に手を出すのはやめてくれ」
「其奴、何者だ」

熱を増す漏瑚に対して素知らぬ顔をする長髪の男。会話する気がないようだ。苛立ちに蒸気を吹き出すと、縫い目の男が長髪と漏瑚の仲裁に入った。
縫い目のある男が漏瑚達の前に現れたときから、長髪はその隣にずっといた。口数が少なく大人しくしているため最初は縫い目のある男の部下かと思ったが、縫い目の男に付き従う様子もないし、むしろ縫い目の男が長髪を気遣っている。長髪はただじっと成り行きを静観していた。その静かさが信頼に値せず気色が悪い。おまけに漏瑚達が排除しようとしている存在そのもの、まさしく人間だ。気に食わなくて当然だった。しかし縫い目の男は、彼に手を出さないようにと口にして、決して手元から離そうとしない。一体何者なのか。語られない漏瑚達には知るすべがなかった。
腑に落ちないが話を進めたい。鼻を鳴らして、長髪から無理矢理意識を縫い目の男へと移した。

「五条悟は、儂が殺す」

長髪の男は、顔色一つ変えずに店員から運ばれた珈琲を受け取った。








五条悟と一戦交えた結果。花御に抱えられて首だけになって戻った漏瑚を見て、真人が薄く笑う。

「無事で何より」
「どこをどう見て言っている!」
「それで済んだだけマシだろ」

縫い目のある男を漏瑚が睨みつけると、縫い目の男は舌を出して漏瑚から逃げた。領域で作られた仮想の海辺、その砂浜にさしたパラソルの下で真人と共に本を読んでいた長髪の元へと縫い目の男が足を進める。

「領域内でも完全防備だね」

海辺の景観に相応しくない長袖長ズボン。ベンチに座っているもののパラソルの影から一切外に出ていない。此処は領域内なので暑さ寒さや紫外線等すべて領域主の思うままだが、だからと言って服装が寛げられる様子は無かった。
漏瑚は花御に持たれながら長髪の男へ激昂する。

「貴様!!!五条悟とどういった関係だ!!!」

五条悟の見た目を知ったのは先ほど一戦交えた時が初めてだ。その時五条悟に確認することはしなかったが、その気がかりのせいで戦闘に集中できなかった。頭から蒸気を吹き出しながら、漏瑚は怒り狂う。本から顔を上げた長髪の男はその様を見て、本を口元にあてて笑った。

「ハハッ、やっぱり悟に勝てなかったか」
「………五条悟を知ってるの?」

隣に座る真人が興味深そうに長髪の男を振り返った。長髪の男はその美しい髪を揺らして頷いた。

「俺の甥が、悟」
「貴様!!!!!」
「俺に勝てなきゃ、悟には勝てないよ」

五条悟と良く似た容姿。日本人らしからぬ容姿は近親者であることは明らかで、何故黙っていたのかと漏瑚は蒸気を吹き出し続けた。この男は、五条悟の能力を把握していて、漏瑚に黙っていた。漏瑚が祓われたところで自分の目的には関係ないと言わんばかりで。その姿勢が気に食わない。身体が無事であれば直ぐにでも手が出ていただろう。そんな漏瑚を見て、縫い目の男が目を細めた。

「椋も無限の持ち主だ。下手に手を出さない方がいい。負けるのはお前達だ」
「俺は六眼は無いから、最強でもなんでも無いけどな」

声音からして真実だろう。縫い目の男が側に置くのだからかなり能力が高いことは予想していたが、まさか同じ術式を持つとは。今の漏瑚では恐らく歯が立たない。それを自覚し、歯軋りをすると、花御が宥めるように何か言ってきたが、頭に直接思考が流れ込んでくるので気持ち悪いだけだった。
真人が長髪の男の顔を覗き込む。

「……ねぇ、何でこっち側につくの?甥と敵対することになるよ?」
「俺は別にこの世界がどうなろうと興味ないし」

長髪の男は此方に興味をなくしたのか、またベンチに横になり本を開いた。ぺらりとページをめくりながら、なんでも無いことのように囁く。

「単に封印された悟が欲しいだけ」




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