現代













高専中庭に集合と担任の五条から連絡があり伏黒が向かってみると、既に五条と、同級生の虎杖と釘崎が到着していた。二年生の狗巻と禪院もおり、伏黒は目を丸くする。てっきり五条のいつものしょうもない思いつきかと思ったが、二年生もいるとなると合同授業かもしれない。
要件を聞こうと口を開いたところで、高専にはいないはずの人物が姿を現して伏黒はさらに驚いた。

「荊さん?」
「お待たせ」
「高菜!!!」

ヤンキー座りをしていた狗巻がスクッと立ち上がり嬉しそうな声音でおにぎりの具を口にしてそちらに駆け寄った。

「やぁ棘、高校生活楽しんでるかな?」
「しゃけ!」
「そうかそうか」

狗巻の頭を撫でて穏やかに笑うのは狗巻荊という男だ。チャコールのロングジャケットを羽織っており、片手にはいつも持っているコンビニのビニール袋、ではなく、今日は伏黒も知っているカフェのテイクアウト用の紙袋を持っていた。荊は大体いつもコンビニのビニール袋を下げており、おにぎりを持って歩いている。忙しいらしく食事の時間を捻出するのが難しいからと、いつでも食べられるように持ち歩いている、少し変わった人だった。それなのに今日は紙袋を下げている。

「七海くんありがとう」
「いえ、大したことでは。配っても?」
「うん、そっちはその三人に」
「はい」

もう一人、高専で見かけるのは珍しい人物がいた。五条伝手に何度か顔を合わせたことがある、七海健斗という呪術師だ。七海も荊と同じく紙袋を下げており、荊に言われた通り虎杖、釘崎、禪院とそれぞれに紙袋の中身を渡している。嬉しそうな声を上げているのは釘崎で、先日このカフェの期間限定のドリンクが飲みたいと言っていたことを思い出した。

「はい、棘にはコレ」
「明太子」

手元の紙袋から取り出したドリンクを狗巻に渡している荊に、伏黒は歩み寄る。最後に会った時から期間は空いてしまったが幼少期から世話になっている相手だ、会えて嬉しくないわけがない。

「荊さん、お久しぶりです」
「恵くん久しぶり。ちょっと見ないうちにまた大きくなったね。はい、差し入れ」
「ありがとうございます」

差し出されたドリンクを受け取りながら、荊のくすぐったいぐらいの柔らかい眼差しに気恥ずかしくなり、視線をドリンクへと落とした。何のひねりもないアイスコーヒー、しかし他の学生に渡されたホイップがついた甘そうな飲み物ではないのが、わざわざ伏黒のために選択したことを物語っている。

「荊さん僕には〜?」
「ちゃんと買ってあるよ。ホイップ増し増しのグランデサイズ」
「やった!」
「あんた生徒じゃないんだから……」
「良いのいいの。俺がしたくてしてるからね」

一際誰よりもサイズが大きく、ホイップもてんこ盛りになっているその甘さの権化のような飲み物を嬉しそうに受け取っている担任に、伏黒は呆れた声を漏らした。荊はそういうが、十代の若者よりも豪華な飲み物を用意されている良い歳した大人を、甘やかしすぎだと思う。なんだか腑に落ちない気持ちだが、そんな事に文句を言っても荊も五条も気にも留めないだろう。

「さて、俺のことを知らないのは虎杖くんと釘崎さんだね?俺は狗巻荊、呪言は使えないけど棘の親戚だよ。今後ともよろしく。……交流を深めたいところだけど今日は仕事で来てるからね。飲みながらでいいから聞いてもらえるかな?」

荊のその言葉に、此処に招集された理由を漸く知った。これだけの人数で任務にあたることはほぼなく、任務であることを想定していなかった。おまけに口ぶりから荊からの任務のようだが、荊は呪術師ではないためこういったことは初めてだ。伏黒はアイスコーヒーを片手に持ったまま、真剣な顔で話をきく。呪術師ではない荊からの任務、この人数で行うとなると、余程変わった任務なのだろう。

「俺からの依頼内容は特級呪物の回収。呪物は今日の夜、オークションに出品されるからそこから回収する」
「オークション?」
「回収するだけなら難しくなさそうだが、荊が持ってくる案件なら一朝一夕には終わらねーんだろうな」

禪院も伏黒と同じ事を考えているようだ。呪物の回収は珍しいものではない。オークションからの回収というのは今まで伏黒は経験したことがない方法だが、呪物は歴史的遺産のケースもあるのでありえない話ではないだろう。だが、それだけでわざわざ荊が動くとは思えない。荊は呪術師ではないのだ、こちらの領分にわざわざ踏み込んでくる理由がない。

「アタリ。初めましての虎杖くんと釘崎さんは知らないだろうから伝えておくと、俺は高専関係者ではなく、警察関係者」
「え!」
「お巡りさん!?」
「しゃけ」
「そうそう。悪いことしてると手錠かけちゃうから気を付けてね」
「貴方が手錠をかけているシーンを一度も見たことありませんが」
「荊さんそもそも手錠持ってないじゃん」
「まぁ手錠は部下がかけるからね」

荊は、本人の言う通り警察関係者だ。五条の伝手で伏黒も色々と世話になっており、その過程で荊がそれなりな地位にいることを知っている。まさか此処に警察関係者がいると思わない虎杖と釘崎は驚いているが、親戚の狗巻を除いて、他の人間は大なり小なり荊の世話になっているようで伏黒と同じく驚いた様子はなかった。むしろ七海と五条は荊と親しげにやり取りしているので付き合いが長いようだ。五条はともかく、警察に縁がなさそうな七海は少し意外だった。

「オークションは、非合法に行われるものでね。開催時に一斉検挙して、参加者も関係者も全員逮捕する手筈なんだよ。で、警察の手に渡る前に、呪物を回収したい」
「警察に渡ってから荊さんが回収したらいいんじゃないですか?」
「そうしたいのは山々なんだけどね。厄介なことに呪物が目覚めかけているんだよ。誰かの手に渡るとまずくてね」

かつて日本で栄えた星詠みや呪術は、現代の日本では胡散臭い以外の何物でもないが、それでも放ってはおけない。呪術界は、蔓続ける呪霊を祓い、人間に災いを齎す呪物を管理しているのだが、当然現在の社会では問題が生じることも多く、政府や警察と密接な関係が必要とされた。そのため、伏黒としては不満なのだが、そういう意味で荊は呪術界で大変重宝されていた。今回も警察の一斉検挙にかこつけて、こちら側でも荊をこき使うつもりなのだろう。呪術界自体には関心がない伏黒でも、五条が呪術界上層部に憤りを感じるのが理解できる。
呪術師ではない荊に、目覚めかけている呪物の回収を命じるなんて、以ての外だ。

「本当は出品前に回収したいところだけど…現在の持ち主もちょっと厄介でね。警察の一斉検挙のドサクサで行方知れずなったことにしてしまいたいんだ。オークションの開催中、一斉検挙されるまでの間に、穏便に回収をするのが今回の任務」

荊が回収できない理由も、五条達に話を持ってきた理由も把握した。釘崎がズズッとストローでドリンクを吸いながら首を傾げる。

「その呪物はどんなものなの?」
「……詳細は語れない」
「何で?」
「荊さんが語らないと決めたわけじゃないよ。ちょっと特殊な呪物でね。深く知らない方がいいんだ。見た目だけ伝えるからそれを特徴にひろーいオークション会場から探す必要がある」
「…嗚呼、人数が多いのは、人海戦術でもあるんですね」
「そう、恵くんは賢いね」

語れないと珍しく口を濁した荊の続きを、五条が引き継いだ。どうやら五条は回収すべき呪物を既に知っているようだ。その続いた内容から、伏黒達が呼ばれた理由を察した。ある程度の連携ができて、まだ学生という身分のためフットワーク軽く動ける人材が揃っている。先輩達の中にパンダがいないのは、オークション会場という不特定多数の人間が出入りする場所では目立ちすぎてしまうからだろう。

「あまり大人数だと怪しまれるから二チームに分けて動いてもらう。悟くんのチームは恵くん虎杖くん釘崎さん。七海くんのチームは真希さんと棘」
「すじこ!!????」
「棘は俺と一緒はダメ」
「おかか!」
「親戚だって知られると困るからダメ」
「………………………………………………、しゃけ」

渋々と言った風に狗巻が頷いた。狗巻と荊は親戚だけあって顔が似ている、警察の中でも上にいる荊が検挙の場で身内を傍に置くとなるとかなりのリスクを伴うだろう。しかし誰も傍にいないというのも心配だ。

「荊さんは一人で大丈夫なんですか?」
「俺は警察側の仕事もあるから。そもそも大っぴらには探しに行けないしね」

警察組織のことに明るくないが、確かに回収後直ぐに検挙となれば荊も相応に忙しいのかもしれない。仕事を持ち出されると、一人で行くことに口を出せなくなってしまう。
単身でいることを心配する狗巻と伏黒とは違い、五条は別のことを心配しているようだった。行儀悪くストローを噛んでいる。

「荊さん。荊さんはこの任務"前もしくってる"でしょ。…今回も失敗すれば」
「失敗しないよ、才能がある子達が沢山手伝ってくれるし。特に七海くん悟くんには期待してるからね」

荊の言葉は不思議だ。狗巻家相伝の呪言を持っていないとは思えないほど、相手にストレートに届く。

「もっちろん」
「時間内に終わらせます」

期待の言葉に嬉しそうに五条が笑顔を浮かべ、七海は頷いた。五条と七海が単身であることに反対していないのであれば、荊に危険が及ぶことはない想定なのだろう。荊は呪術師ではないが、昔から五条には重宝されているようだったので、危険を伴うなら止めたはずだ。尊敬はできないが信頼は出来る五条が反対しないのであれば、伏黒も従うまでだ。

五条の『前もしくっている』という言葉は気になったが、オークションが今夜開催されるということで急ぎ移動する必要があり、結局そのことは聞けずじまいだった。







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