1 「梛は部活決めたかー?」 「ひっ」 なるべく影を薄くし身を縮めて存在感を消していたというのに声をかけられて、梛は驚きに肩を揺らした。何故存在を認識されたのか理解できない。一般人には、認識されないはずなのに。バクバクと弾けそうなほど鼓動を打つ心臓を抑えながら、恐々と声をかけてきた相手を見る。前の席に座る、確か虎杖悠仁といったか。そいつが椅子に横向きに座って梛を見ていた。真っ直ぐな瞳に居心地の悪さを覚えて、梛はさらに身を縮めた。 「な、なんで、名前……」 「いやクラスメイトだし。席、前後だし」 「えっ、あ、はい……」 「?」 根明かよ。席が前後になっただけで初対面のやつを名前で呼ぶなんて梛には到底無理だ。苗字は何処に行ってしまったんだ。普通に怖い。相容れない人種の壁を感じる。根明と根暗の席を前後にした担任の毛根を密かに呪った。 「そんで部活決めた?」 「まだ…だけど…」 「絶対に部活に所属しろとか言われてもなぁ」 無視したかったが、無視する度胸は梛には無かった。胸を張って言える事ではないが、梛は根暗の自覚がある。突然眩しいものを目の前に置かれて、直視するどころか、するする喋れるわけがなかった。近寄りたくないが、梛の席は此処で、逃げる先も無いし、内心パニックでうまく会話から逃げる言葉も思い浮かばなかった。こんなところでボキャブラリーの貧困さを感じるなんて。生きている資格がない、死んだ方がいい。今すぐに教室の窓から飛び出してみたらどうだろうか。いやそれでは死体を片付ける掃除の人が大変だし、何より他の生徒をPTSDにでもしてしまうかもしれない、そう思うと気がひける。死にたいが、他人に迷惑はかけたくないし。嗚呼、生きているだけで迷惑なのに、どう死んでも迷惑をかけるなんてどうかしてる。 一人鬱々とお通夜モードに突入した梛を他所に虎杖悠仁は勝手に話を進めてしまう。 「なぁ梛はまだ部活決めてないんだろ?だったらオカ研にしようぜー!」 「は?いや、俺」 「先輩二人しかいないらしくてさー昨日頼み込まれて」 「それ俺関係ない」 「出なくても良いって言ってたし」 「一人で入ればいいのでは……」 「梛も一緒にオカ研入ろうぜ!な?」 一言も口を挟めなかった。怖い、これが根明。生家で圧の強い人や偉そうな人等いろいろなタイプに散々あってきたが、根明を相手にしたことがなかったので、陰湿な人間しかしらない梛は自身の無力さをまさかのところで痛感した。 そもそも根明は梛の返事を急かしているものの、二択の選択肢を差し出した気がしない。選択肢が一択しかみえない。そして梛にはこの根明のあしらい方が分からなかった。つまるところ返事はひとつだ。 「…………………はい」 入りたくもない部活に苦手な人種と入部することになってしまった。 |