番外編1


※虎杖誕生日









「これ虎杖くんに渡してください!お願いします!!!」

鼓膜が破けそうなほどの声量で言うだけ言って、押し付けるだけ押し付けて、とんでも無い勢いで去っていった。引き止めるどころか、言葉を発する隙も無かった。あの俊足、本当に非呪術者か?梛は手に押し付けられた物を呆然としながら見下ろす。綺麗にラッピングされた袋、リボンを留めるシールにはハッピーバースデーの文字、つまりは誕生日プレゼント。虎杖と言っていた、記憶違いでなければ高専には、虎杖という苗字を持つものは一人しかおらず。
梛は、押し付けれた物体に目眩がして倒れそうだった。誕生日プレゼントぐらい、自分で渡せ。梛を通過させていくな。



しかし受け取った物を本人に突き返しに行くには梛にはハードルが高すぎて。折角の休日なのに結局本人の元へ伝書鳩よろしく向かうしかなかった。

「………ん」
「ん?ん?なになに?」

一刻も早く手元からこの複雑な気持ちがこもってそうな例のブツを手放したく、梛は虎杖悠仁の部屋を訪ね扉が開くなりそれを差し出した。そもそも梛が虎杖悠仁の部屋を、というか他人の部屋を尋ねるのは珍しく、訪問された事に虎杖悠仁は驚いたようだったが、物を差し出されてさらに驚いたように目を丸くした。この反応に対する居心地の悪さで死にたくなった。今すぐに窓から飛び出したい。
例のブツを部屋の外にそっと置いていくことも出来たが、万一他人に拾われたりして虎杖悠仁の手に渡らなかったらと思うと置いていくことも躊躇われ。何でこんなものを渡してくれたんだと押し付けた本人へのクレームを心の中で何度もいれた。

「お前に渡せって」
「誰から?」
「食堂の人…若い…」
「ああ!あの人かー!サンキュ」
「………」

顔見知りなのかよ。ますます自分で渡せよ。
虎杖悠仁が受け取り、梛の手元から例のブツが無くなって肩の荷が一つ降り、ほっと息を吐いた。

「すっかり忘れてたけど誕生日かー…」

知らなかったし、そのまま知りたくもなかったが今日は虎杖悠仁の誕生日らしい。知らなかったので当然梛は何も用意しておらず、そこがまた気まずい。知っていても用意する義理は一切無いが、知っていてスルーするのは度胸が必要で落ち着かなくなるので知りたくなかった。それに薙なんかに祝われたって虎杖悠仁も困るだろうし。あれやこれやと考えてしまってまた疲れる。心の中で再度例のブツを渡してきた本人へクレームをいれた。
まじまじと例のブツを見ていた虎杖悠仁がふと顔を上げる。

「そーいえば梛の誕生日は?」
「…………」
「祝わないとなー!」

何で。望んでない。頼んでない。そもそも梛は虎杖悠仁の誕生日を祝っていないのに、何故梛の誕生日の話になるのか。虎杖悠仁の話運びに相変わらずついていけない。話題という電車がいつの間にか発着している。例のブツを渡した瞬間に帰ればよかった。最悪だ。虎杖悠仁の特性上、社交辞令ではないと分かるのがまた辛い。

「いつ?」
「……………」

虎杖悠仁がきらきらとした目で梛を見てきた。根明の視線は普通に根暗を焼き殺そうとしてくるし、純粋そうな顔をしているが絶対に聞き出すまで開放されないのを梛はもう知っている。教えるか、教えないか。どうすればいいのか分からず、その選択肢がぐるぐると頭を回っている。ただ何故か頭の中とは裏腹に、虎杖悠仁に他意はないと分かっているのに、視線を床に落とした梛の口からは、自然と呪いが漏れ出た。

「誕生日が、目出度いものであると、思うな」

誰しもが公平に祝われる日であるわけではない。梛自身、産まれなければ良かったと何度も何度も思ってきた。祝われたくなどないし、その、忌むべき日を知られたくもない。梛にとって誕生日は、命日だ。
しかし、そんなことは梛の都合で虎杖悠仁には関係がない。言わなければよかった、何故言ってしまったのかと、口にしてから思った。馬鹿すぎる。死んだほうがいい。
梛が一人お通夜モードになっていると、目の前の虎杖悠仁は気分を害した様子もなくいつもの調子で「んー」と言葉を続けた。

「確かに誕生日が目出度いとは限んねーかもだけどさ、俺は梛にあえてよかったし、今隣に居てくれてありがとうって伝えたいからさ。だから知りたかったんだよな」

発想が根明過ぎないか?満点を叩き出そうとしてくる。
床へ視線を落としている梛の頭へ虎杖悠仁の掌がぽんと乗せられた。暖かくて大きな掌で、梛の手とは当たり前だが全然違う。背負ってるものが違うと、掌はこうなるのだろうか。

「まぁ誕生日関係なく思ってるけどな!…あ、つまり毎日言えばいいやつじゃね!?」

虎杖悠仁は相変わらず一人で騒がしい人間だ。梛はどうしても生きなければいけないのであれば静かに暮らしたいので、今もうるさいのにさらに横でそんなことを言われたら困る。毎秒死なないといけなくなる。
それなのに、迎えてもいない梛の誕生日を祝おうとしてくる虎杖悠仁に、梛は少しだけ鼻がツンとした。梛のことなど、本当に祝わなくていい。ただ、どうしようもない薙なんかより、虎杖悠仁は沢山祝われた方が良い事は良く分かる。きっと困るだろうが、梛は迷って、一角となるその言葉を口にしようとした。

「……………、虎杖」
「ん?」
「………おめ」
「あ!!!此処にいた!!!」
「………………」
「釘崎?」

遮られた。もう言えない。絶対に言わない。梛の貧弱なメンタルが急降下して、口から出かかった言葉はすっと霧散した。これはきっと薙は虎杖悠仁を祝うべではないという啓示だ。従っておこう。
梛は、ゆっくりと顔を上げて、乱入してきた声の主を見た。釘崎野薔薇。同級生。クラスメイト。女性。つまり苦手な人間だ。そもそも得意な人間はいないけど。釘崎野薔薇は仁王立ちして、虎杖悠仁と薙が揃っているのを確認すると親指で後ろを指した。

「急いで付いてこい、さもないと伏黒が五条先生により大変な目に合うわよ」
「へ?伏黒?」
「ほら、行くわよ!梛も!」
「お、おう」
「おれ……なぜ……???」

嫌だが嫌だとも言えない根暗だった。虎杖悠仁に半ば引き摺られながら薙も先をゆく二人についていく。釘崎野薔薇の言葉から、サプライズ好きの五条悟が虎杖悠仁の誕生日にかこつけて伏黒恵と釘崎野薔薇を巻き込んで何かしているのは明らかで。折角の休日なのに何故ストレスを溜めなくてはいけないのかと、此処に来るきっかけをつくった例のブツを押し付けてきた本人にまた心の中でクレームをいれた。






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