「お兄ちゃん!」

玄関の前でずっと待っていたのか、妹は榧の姿を見ると駆け寄ってきた。腕の中にいる弟に安心して、妹もボロボロと涙を零しながら榧に抱き付いた。
後から津美紀が追いかけてきて、榧たちを見てほっとしたように胸を撫で下ろしていた。

「見つかって良かったね」

恵にそう耳打ちをするので、首肯する。榧の大切なものを守れるのであれば、疎むことが多かったこの呪いも報われる。津美紀がつとめて明るい声を三人にかけた。

「お腹空いたでしょ?ご飯出来てるから食べよう」
「あ、津美紀さん……」
「ごめんね、勝手に家に上がっちゃった。カレー持ってきたから、みんなで食べよう」

家に辿り着いたことで気力を使い果たしたのか榧は大人しく頷いた。クタクタだろうと、榧の腕の中から弟を預かる。津美紀が妹の手を引いて室内にあがった。





榧の家は物がなかった。子供が三人もいると物で溢れかえりそうだが、必要最低限の家具しか置いていない。弟は泣き疲れて寝てしまったので、恵は榧に促されるまま弟を二階の部屋へと寝かせてやる。妹と同室らしく、傍にもう一つピンク色の布団があった。着替えさせると榧が言うので、恵は先にリビングへと戻った。リビングではすっかり元気を取り戻した妹が津美紀を手伝っていた。食卓に置かれた揃いではない食器が、来客を想定していなかったことを物語っている。炊飯器の中の米を妹がよそって、カレーを津美紀がかけていた。

「ごめん、俺お腹減ってないから、三人で食べてもらってもいいかな」

着替えさせた弟の服を持って戻ってきた榧が津美紀達へそう告げて、直ぐに引っ込んでしまった。津美紀と妹が顔を見合わせて、そして二人して恵を見てくる。恵は暫し考えて「疲れてるところに無理に食べさせるものじゃないだろ」と言うと、二人も納得したようだった。後で食べれるように、カレーの残りは置いていくことにするらしい。

三人で食事をしている間も榧は戻ってこなかった。廊下を往復する音はしているので、家事をこなしているようだ。妹はいつもと違う相手と食事が出来るのが楽しいようで、興奮した様子で喋り続けていた。津美紀がそれを微笑ましそうに見つめて相槌を打っている。恵はその光景を横目に黙々とカレーと食べた。

家事を一通り終えたのか榧が再びリビングに戻ってきた。フラフラとしていて疲れきっているのは明らかだ。恵たちが食事をしている間にざっとシャワーでも浴びたのか、髪が少し濡れており、着替えも済んでいた。妹がおずおずと兄に声をかける。

「お兄ちゃん、津美紀さんに、泊まって行ってもらったら駄目、かな」
「……」
「ご迷惑じゃなければ駄目かな?女子トークが盛り上がっちゃって女子会したいなって。ね?」
「う、うん!」

恵が一人で訪れた時もそうだが、榧は他人が家に入ることを嫌がっているようだった。家族の中に他人が入り込むのが嫌なのか、純粋に家に上げたくないのか。きっと今も葛藤しているのだろう。しかし妹に甘い榧は溜息を吐いて結局了承した。

「………いいよ。布団、あったと思うから、お前の部屋に持ってく」
「!ありがとう!!」
「すみません、妹のことお願いします」
「いやいや!私もとっても楽しみだから!」

榧は津美紀に頭を下げた。その横顔が少し悔しそうなのに気が付いたのは恵だけだろう。同性ではない壁が、榧が感じているジレンマ。

「お風呂行くね。津美紀ちゃん、一緒に入ろう!」
「いいよ。あ、でも着替えどうしよう」
「……ね、お兄ちゃん」
「あの人の、漁っていいよ。下着も多分新品あるでしょ」
「うん」

津美紀と妹がリビングから消える。榧は洗われた食器を拭いて棚に戻していた。恵は榧に声をかけることなく、その姿をぼーっと眺めていた。




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