6 一度家に帰り、着替えをして、津美紀と共に榧の家に向かった。津美紀が昨日作ったカレーを鍋のまま持ってそう遠くない距離を津美紀と並んで歩く。特に会話は無かったが、津美紀が楽しそうだったので、恵の胸中も明るかった。 榧の家が視界に入ったところで、門扉の前に人影を見つける。 「お兄ちゃっ……!あ、えと、伏黒、さん!」 「どうした、家の前で」 「…………」 榧の妹がその場をウロウロとしていた。声をかけると顔を上げ、泣きそうに表情が歪んでいた。津美紀が直ぐに腰を下ろして、妹と目線をあわせた。安心させるようにゆっくりと問いかける。 「私、恵の姉の津美紀っていうの。どうしたの?話せる?」 「お、弟がいなくなちゃって」 「弟さん?」 「まだ、三歳なの、勝手に、どっかいく子じゃないのに」 「榧は?」 「探しに、いって、わたし、もしかしたら帰ってくるかもしれないから、家にいろって」 妹はスカートの裾を握りしめて顔を伏せてしまう。弟の顔が浮かんで恵は持っていた鍋を津美紀へと差し出した。 「俺が行く。津美紀は妹と一緒に居てくれ」 「うん」 津美紀は鍋を受け取り、妹を安心させるように声をかける。恵は直ぐにその場から走り出した。手印を組んで、玉犬を呼びだし、榧の匂いを追わせる。恵も玉犬の後を無心で追いかけた。 玉犬のおかげで榧は容易く見つけることが出来た、そしてそのまま弟の捜索へと玉犬を向かわせる。 「榧!!!」 「………ッ!?なんで」 弟の名を呼びながらあてもなく探している様子の榧の腕を掴んで呼び止める。駆けずり回っていたのだろう、荒い息を吐いて額に汗をかいた榧は恵をみて酷く驚いた顔をした。 「妹から聞いた。一緒に探す」 「…………、…おねがい」 逡巡した後、榧はか細い声で頷いた。藁にもすがる思いだろう。恵は掴んでいた腕を離し、榧の頭を撫でた。 「榧、落ち着け。大丈夫だから」 ゆらゆらと不安に揺れている榧の目を見て、安心させるように語りかける。額に浮かんだ汗を掌で拭ってやりながら、今にも壊れそうな榧を落ち着かせる。 「三歳ならそう遠くまで歩けない筈だ。それに勝手に歩き回る子供じゃないんだろ?」 「………ん」 「榧をどこで待っているはずだ。今探させてるから」 「探させてる……?」 恵の言葉に少し冷静さを取り戻したのか、呼吸を整えながら首を傾げた。その問いに答える前に、玉犬が戻ってきた。恵は榧の手を、今度は指を絡めて繋いだ。 「榧、こっちだ」 「っ!」 引っ張って走り出すと、榧が慌てて足を動かした。きっと走り回って疲れきっているだろうが、そんなことよりも無事を確認したいだろうと、気を使うのをやめた。程なくして辿り着いたのは、商店街の片隅、小さな花壇の前だった。榧の弟は、膝を抱えて、大きな瞳からボロボロと涙を流していた。言葉にならない声をあげて、後ろを走っていた榧が恵を追い越す。手が、離れた。 「ーーーーー!!!」 「かやちゃ!!!」 榧が転ぶ勢いで弟を抱き締める。弟も榧を見て安心したようにわあわあと声を上げて泣き出した。玉犬が恵の元へと戻ってきて労うように頭を撫でてやり影に還した。 「良かった、良かった!!!怪我ない?痛いところない!?」 「うわああああん」 「良かった…………」 榧たちはしばらく動こうとしなかったが、日ももう直ぐ沈むので寒くなる前に移動させたほうがいいだろう。恵は榧の肩へ手を添える。 「帰ろう。お前の妹、安心させないと」 「………うん」 緩慢な動作で榧が立ち上がる。榧の腕から弟を預ろうかとも思ったが、今は一ミリも離れたくないだろう。ぐすぐすと泣いている弟を抱っこして、その背を叩いてあやす榧と、恵は連れ立って家路を急いだ。 |