4 「マジで何なのお前…俺とお前、今日はじめて喋ったよな?何でそんなお節介ばっかりしてくるわけ?何の裏があるわけ?」 「裏なんて何もない」 「…………」 「まぁ……信じなくてもいい。俺の気持ちの問題だ」 榧は胡散臭そうな顔をしていたが、恵は素知らぬ顔で流した。そう離れてない一軒家の前で、榧が足を止める。思ったより近い位置に住んでいたらしい。少し古びているが、普通の一軒家だった。門扉の前から榧は動かない。 「……うち、此処だから」 「そうか」 「家には絶対にあげないから」 「お兄ちゃん?おかえりー!……あれ?もしかしてお友達!?」 「…………タイミングぅぅぅぅ……」 玄関が開いて小学生ぐらいの少女が飛び出してきた。榧が恵が握っている手とは反対の手で頭を抑えて唸っている。 少女は笑みを浮かべて、キラキラとした目で興味深そうに恵を見上げてきた。 「私、妹です!」 「榧のクラスメイトの伏黒恵」 「お兄ちゃんがお友達連れてきたの初めて!」 「お友達じゃないから。ホントお願いだからこれ以上話を広げ」 「榧ちゃおかえりなしゃい!」 「あーーーーーーーーーーーー……………ただいまぁ………………」 今にも地面に沈み込みそうな榧。玄関からもう一人飛び出してきたのは、少年とも言えないほど幼い、2、3歳ぐらいの男の子だった。榧の妹が弟を抱き上げて恵に見せてくる。 「弟です!」 「おとーとです!おにーちゃは、かやちゃのおともだち?」 「嗚呼、そ」 「こらこらこら事実を捏造するんじゃない。帰れ」 「お兄ちゃん!そんな口の聞き方よくないよ!可愛い顔が台無しになっちゃう!」 「めっ」 「なんなの、この場に味方がいない」 榧は恵と距離を取りたいようだが、榧の妹と弟は榧と違って人懐っこいようで恵に興味津々だった。キラキラとした目を向ける妹と弟を無下にも出来ないようで、先程から何度も頭を抱える榧に、恵は口元が綻ぶのを感じた。 「……仲良いんだな」 暖かい空気に押されてポツリと呟くと、妹は目を丸くしてワナワナと震え、そして榧の背中を容赦無くバンバンと叩いた。 「い、イケメンーーーー!!!!お兄ちゃん良い子捕まえてきたね!!!!」 「痛い痛い痛い背骨が折れる!!!!」 「伏黒さん、良ければうちに上がって行きません!?晩御飯是非一緒に!」 「はぁ!?いやそんな余裕うちにな」 「お兄ちゃんこんな機会二度とないと思うの!私……わたし………」 叩いていた手を止めて、口元に手を当てて言葉に詰まる妹。何を言うのかと榧と共に次の言葉を待つ。妹は意を決したように口を開いた。 「顔がいい人と食事がしたい」 「欲望が正直すぎるぞ妹よ」 「俺も榧と食事したい」 「わっ本当ですか?じゃあ是非!」 実はそのまま上がりこむつもりだったので、招いてもらえるのであれば便乗したいところだ。恵の言葉に妹は嬉しそうに兄を見上げた。しかし、そこにあったのは、先ほどの振り回されていた榧ではなく。 「駄目」 また線引きをされた。色を無くした声に、妹がびくりと体を震わせる。その様子に、榧は深く溜息を吐いて、空いた手で妹の頭をそっと撫でた。 「さっき伏黒の家にちょっと寄ったけど、お姉さんがいて、ご飯の用意してるの見えた。親御さんが居るのか知らないけど、……折角作って待っててくれてるんだから、伏黒はお姉さんと食べないと」 「!そ、そっか、……お兄ちゃんごめんなさい、私、舞い上がっちゃった。伏黒さんもごめんなさい」 「………いや、俺も悪かった。安請け合いしたな」 「いっしょに、ごはん?」 榧の言葉に、恵は今日は引き下がろうと思った。津美紀が家から出て来ようとしたのは、夕飯に足らない食材を買いに行こうとしたからだろうことは、想像に難くない。 唯一よく状況を理解できてない弟が、伏黒の足元で首を傾げている。伏黒は屈んでその小さな頭をそっと撫でた。こんな小さな子供の相手をしたことはないので、力加減に気をつけて、ぎこちなく。 「また今度、な」 「……………………は?今度?」 「次は津美紀…姉貴も連れてくるから、一緒に食おう」 「わっ!本当!?私、お姉さん会いたい!!!」 「いやいやいや無いから。そんな日来ないから」 手を上げて喜ぶ妹と、妹の真似をしている弟に、榧が再び頭を抱えた。榧は妹と弟に弱いようなので、二人をこちらに引き込めば榧を陥落させるのは容易そうだ。 「もーお前らはやく家に入れ」 「はーい」 「あーい」 手を振る二人に、控えめに手を振り返す。手を繋いで仲良く家の中に戻っていく姿を見て、家族とはああいうものなのだと、家族を知らない恵は痛感した。手を繋いでいるのはあの二人だけではない、恵はまだ、榧の腕を握ったままだ。 手を滑らせて、榧の指をそっと握る。榧は振り払わなかった。 「可愛い妹と弟だな」 「……やらねーよ?」 「そう言うんじゃねーよ」 疑うように半眼で見てくる榧に、恵は無意識に笑みを零した。取り繕っていない、素の榧に触れている。剥き出しの感情に触れている。恵は榧との距離を詰めた。榧が不思議そうに恵を見上げた。その瞳に映るのが恵だけというのが、心地良い。 「俺が欲しいのは」 繋いでいない方の手で榧の頬に軽く手を添えて、そっと上から口付けを落とした。 「お前だ、榧」 今は、これぐらいが限界だろう。 恵は直ぐに榧から離れた。握っていた手も離したところで、放心していた榧の意識がたっぷり時間をかけて戻ってきた。ポカンとして恵を見つめる。 「………………………………………は???」 「今日はこれで帰る。家も知れたしな、次は津美紀も連れてくるから」 「いやいや待て待て」 「またな」 「謎を残して帰るなよ!!………いや帰れ!!!早く帰れ!!!!」 賑やかな榧を置いて、恵は踵を返した。振り返ることなく、家路を辿る。 |