「マジで何なのお前…俺とお前、今日はじめて喋ったよな?何でそんなお節介ばっかりしてくるわけ?何の裏があるわけ?」
「裏なんて何もない」
「…………」
「まぁ……信じなくてもいい。俺の気持ちの問題だ」

榧は胡散臭そうな顔をしていたが、恵は素知らぬ顔で流した。そう離れてない一軒家の前で、榧が足を止める。思ったより近い位置に住んでいたらしい。少し古びているが、普通の一軒家だった。門扉の前から榧は動かない。

「……うち、此処だから」
「そうか」
「家には絶対にあげないから」
「お兄ちゃん?おかえりー!……あれ?もしかしてお友達!?」
「…………タイミングぅぅぅぅ……」

玄関が開いて小学生ぐらいの少女が飛び出してきた。榧が恵が握っている手とは反対の手で頭を抑えて唸っている。
少女は笑みを浮かべて、キラキラとした目で興味深そうに恵を見上げてきた。

「私、妹です!」
「榧のクラスメイトの伏黒恵」
「お兄ちゃんがお友達連れてきたの初めて!」
「お友達じゃないから。ホントお願いだからこれ以上話を広げ」
「榧ちゃおかえりなしゃい!」
「あーーーーーーーーーーーー……………ただいまぁ………………」

今にも地面に沈み込みそうな榧。玄関からもう一人飛び出してきたのは、少年とも言えないほど幼い、2、3歳ぐらいの男の子だった。榧の妹が弟を抱き上げて恵に見せてくる。

「弟です!」
「おとーとです!おにーちゃは、かやちゃのおともだち?」
「嗚呼、そ」
「こらこらこら事実を捏造するんじゃない。帰れ」
「お兄ちゃん!そんな口の聞き方よくないよ!可愛い顔が台無しになっちゃう!」
「めっ」
「なんなの、この場に味方がいない」

榧は恵と距離を取りたいようだが、榧の妹と弟は榧と違って人懐っこいようで恵に興味津々だった。キラキラとした目を向ける妹と弟を無下にも出来ないようで、先程から何度も頭を抱える榧に、恵は口元が綻ぶのを感じた。

「……仲良いんだな」

暖かい空気に押されてポツリと呟くと、妹は目を丸くしてワナワナと震え、そして榧の背中を容赦無くバンバンと叩いた。

「い、イケメンーーーー!!!!お兄ちゃん良い子捕まえてきたね!!!!」
「痛い痛い痛い背骨が折れる!!!!」
「伏黒さん、良ければうちに上がって行きません!?晩御飯是非一緒に!」
「はぁ!?いやそんな余裕うちにな」
「お兄ちゃんこんな機会二度とないと思うの!私……わたし………」

叩いていた手を止めて、口元に手を当てて言葉に詰まる妹。何を言うのかと榧と共に次の言葉を待つ。妹は意を決したように口を開いた。

「顔がいい人と食事がしたい」
「欲望が正直すぎるぞ妹よ」
「俺も榧と食事したい」
「わっ本当ですか?じゃあ是非!」

実はそのまま上がりこむつもりだったので、招いてもらえるのであれば便乗したいところだ。恵の言葉に妹は嬉しそうに兄を見上げた。しかし、そこにあったのは、先ほどの振り回されていた榧ではなく。

「駄目」

また線引きをされた。色を無くした声に、妹がびくりと体を震わせる。その様子に、榧は深く溜息を吐いて、空いた手で妹の頭をそっと撫でた。

「さっき伏黒の家にちょっと寄ったけど、お姉さんがいて、ご飯の用意してるの見えた。親御さんが居るのか知らないけど、……折角作って待っててくれてるんだから、伏黒はお姉さんと食べないと」
「!そ、そっか、……お兄ちゃんごめんなさい、私、舞い上がっちゃった。伏黒さんもごめんなさい」
「………いや、俺も悪かった。安請け合いしたな」
「いっしょに、ごはん?」

榧の言葉に、恵は今日は引き下がろうと思った。津美紀が家から出て来ようとしたのは、夕飯に足らない食材を買いに行こうとしたからだろうことは、想像に難くない。
唯一よく状況を理解できてない弟が、伏黒の足元で首を傾げている。伏黒は屈んでその小さな頭をそっと撫でた。こんな小さな子供の相手をしたことはないので、力加減に気をつけて、ぎこちなく。

「また今度、な」
「……………………は?今度?」
「次は津美紀…姉貴も連れてくるから、一緒に食おう」
「わっ!本当!?私、お姉さん会いたい!!!」
「いやいやいや無いから。そんな日来ないから」

手を上げて喜ぶ妹と、妹の真似をしている弟に、榧が再び頭を抱えた。榧は妹と弟に弱いようなので、二人をこちらに引き込めば榧を陥落させるのは容易そうだ。

「もーお前らはやく家に入れ」
「はーい」
「あーい」

手を振る二人に、控えめに手を振り返す。手を繋いで仲良く家の中に戻っていく姿を見て、家族とはああいうものなのだと、家族を知らない恵は痛感した。手を繋いでいるのはあの二人だけではない、恵はまだ、榧の腕を握ったままだ。
手を滑らせて、榧の指をそっと握る。榧は振り払わなかった。

「可愛い妹と弟だな」
「……やらねーよ?」
「そう言うんじゃねーよ」

疑うように半眼で見てくる榧に、恵は無意識に笑みを零した。取り繕っていない、素の榧に触れている。剥き出しの感情に触れている。恵は榧との距離を詰めた。榧が不思議そうに恵を見上げた。その瞳に映るのが恵だけというのが、心地良い。

「俺が欲しいのは」

繋いでいない方の手で榧の頬に軽く手を添えて、そっと上から口付けを落とした。

「お前だ、榧」

今は、これぐらいが限界だろう。
恵は直ぐに榧から離れた。握っていた手も離したところで、放心していた榧の意識がたっぷり時間をかけて戻ってきた。ポカンとして恵を見つめる。

「………………………………………は???」
「今日はこれで帰る。家も知れたしな、次は津美紀も連れてくるから」
「いやいや待て待て」
「またな」
「謎を残して帰るなよ!!………いや帰れ!!!早く帰れ!!!!」

賑やかな榧を置いて、恵は踵を返した。振り返ることなく、家路を辿る。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -