学校を出て直ぐの裏路地に、猫が住み着いていて、伏黒はいつもその猫を見てから帰っていた。今日も猫を見るために裏路地に行くと、先客がいた。

「榧ちゃーん、可愛い顔してまさかだったなぁ」
「この間の傷が痛いよー」

ゲラゲラと下品な笑い声が人気のない裏路地に響く。これでは猫も逃げ出しているだろう。伏黒が声のする方を覗くと、クラスメイトの榧が、ガタイのいい男達に囲まれていた。先の言葉から、先日地面に沈んでいた男たちだということを思い出す。懲りていなかったようだ。

「かわいー顔して調子にのるなよ」
「この人数ならヨユーっしょ」

先日倒れていたのは三人だが、今は五人になっていた。人数を増やして挑むことに情けなくはならないのだろうか。全員体は厚く見た目はガッチリしており、圧迫感がある。しかしその五人に囲まれてなお、榧は表情一つ変えなかった。あの日と同じように冷めた目で、男達を見ていた。華奢な榧との圧倒的な体格差に、榧がどう出るのか、恵は足を止めて見物した。

胸倉をつかもうとする手をすっといなす。それだけで榧の実力をおしはかるには充分だった。明らかに喧嘩慣れしている動き。男達はいなされたことに激昂して、次に次に殴りかかる。榧は相手の腕を掴むと、そのまま遠心力で他の男に投げ飛ばし、次に来る拳をしゃがんで交わしていた。榧は自身の体格をよく理解しているようで、相手の攻撃でうまいこと立ち回っている。しかし、相手はプライドが一切ない輩のようで。

「痛ッ………!」

ジャケットから出されたのは折りたたみナイフだった。榧はそれに気が付くと寸前の所で身を引いて回避していた。だが無理な体勢にバランスを崩し倒れる。それに男達は口端を釣り上げて下卑た笑みを浮かべた。直ぐに立ち上がらない榧に、恵は傍に落ちていた石を拾い、そして投げた。

「ぁあ?」
「誰だ!?」

鈍い音がして、ナイフが男の手から吹き飛ぶ。突然の乱入に男達は全員恵の方を見た。そして目を見開いて顔を歪ませる。恵は黙って男達を見つめた。

「やっべぇ!伏黒だ!!!」
「逃げろ!!!!」

蜘蛛の子を散らすように男達が立ち去る。顔は覚えた、次会った時にきっちり言い聞かせようと思いながら、恵は漸く足を動かした。立ち上がらない榧の傍に立つと、榧が顔を上げた。恵を見ると目を瞬かせて驚いた様子だった。

「………」
「おい、大丈夫か」
「あ、……た、助けてくれてありがとう」

恵は自分の眉間に皺が寄ったことを自覚する。先程まで冷めた顔をしていた榧が気弱そうに眉を下げてきたからだ。教室で見る榧の顔そのもの。恵は溜息を吐いて、首を軽く横に振る。

「そう言うのは良い。さっきから見てたし、この間も金抜いてるの見てた」
「…あ、そ。じゃあ言わせてもらうけど」

急に声音が熱を無くす。冷めた様子に気が済んで恵は表情を緩めた。榧は恵に対しても物怖じもせず睨み上げる。

「乱入したならちゃんと倒せよ。喧嘩を買ったんだから、金をもらわないと、俺のこの時間が無駄になる」
「……どういう理屈だ、それ」
「時は金なりなんだよ。クッソ、無駄な時間だったし、無駄な怪我になったじゃねーかよ。貸しだとか言うなよ。お前が勝手に乱入してきいたんだから。さっさとどっか行け」

視線を外して、榧が手でしっしっと恵を払おうとする。先日のはやはりカツアゲをしていたわけではなく、売られた喧嘩を買って相手をのした後に、喧嘩の代金ということにして金を抜いていたらしい。若干筋が通っていない気もするが、他人の事なので恵は見て見ぬ振りをした。しかし、そんなことを続けているのであれば、喧嘩慣れもするはずだ。身のこなしにも納得がいく。
恵はその場にしゃがんで榧の顔を覗き込んだ。

「立てるか?」
「……何、俺が立てるかとか関係ある?」

猫が警戒するように首を竦めて身を引く榧は、つまり立てないのだと言っているのだと同じだ。恵は榧の腰と膝裏に腕を回して持ち上げた。軽い。

「ちょっ、伏黒!?」

名前、知ってたのか。てっきり知らないと思っていたので、嬉しい誤算だった。榧は驚いて恵の肩を掴む。暴れる前にと、想像以上に軽い榧を横抱きにしたまま、恵は歩き出した。

「俺ん家、近くだから。手当する」
「はぁ!?良いってば!お節介やめろよ!」
「…うるせぇな」
「じゃあ下ろせよ!!!」

顔が近いので榧の声がクリアだ。榧は嫌がったが、暴れて落ちたくは無いようで、口で喚くばかりだ。懐かない猫を抱いているみたいだなと思いながら、なるべく人通りのない道を選んで自宅に向かった。






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