番外編1


※2021ホワイトデー









風呂から上がり漸く布団に潜り込める状態になった。五条から充てがわれる容赦の無い任務で全身が悲鳴をあげている。泥のように重たい身体を引き摺って、部屋の隅でごそごぞとなにかをしている榧の元へと向かう。

「榧」
「んーーーあとちょっと待ってーーーー」

恵の声に榧は生返事をするだけで顔を上げない。面白くないとムッとし、床に座る榧を後ろから抱き締めるように腹に片手を回す。榧の傍に伏せている、修行の一環で式神の状態維持を目的に出しっ放しにしている白の玉犬が、恵を歓迎するように尻尾を揺らした。空いている手で玉犬の頭をぐしゃりと撫でてやりながら、榧の手元を覗き込む。

「何してるんだ?」
「明日ホワイトデーだから、津美紀ちゃんと妹にお返しを………って恵は用意したの?」
「あ……」
「うわーサイテー」
「………」

榧は包装紙で器用にラッピングをしており、二人用に何か準備している様子だった。榧の言葉で思い出したが、今日は一四日で、十四日はホワイトデーだ。先月、恵の姉の津美紀と榧の妹からチョコをもらったことを思い出して、恵は言葉に詰まった。完全にホワイトデーという存在を忘れていた。日付の感覚が抜けていたし、カレンダーをみる習慣も無かったので気にもしていなかった。恵が表情を曇らせていると、何かを察したのか榧がパッと顔を上げ振り返り、そして恵を見てくすくすと笑った。

「そんなに落ち込まないでよ。冗談だよ、最近恵は忙しかったもんね」

榧の肩口にぐりぐりと額を擦り付けると榧はより愉快そうに笑い声を漏らした。楽しそうな榧の様子に、下がっていた恵の気持ちも浮上する。

「連名で送る?」
「いや…普通に謝って後日何か渡す」
「そう?まぁあの二人なら恵から何もらっても喜ぶと思うよ。……よし、完成!」

リボンの端を鉛筆で巻いてカールさせて、ラッピングは完了したらしい。贔屓目を抜いても店でラッピングされたクオリティと遜色ない。こういう細かい気遣いと器用さに毎回感心する。榧はプレゼントを棚にしまって、散らばっていたものもささっと棚に戻した。
ほとんど恵の部屋にもなっている榧の部屋は、以前より少し物が増えた。恵が生活用品を置いていったり、勝手に買ってきたりするせいだ。恵に生活を援助してもらうことに未だ抵抗感があるのか、榧自身はいい顔をしないが、無駄にするのも勿体無いと最近は少しずつ使い始めていて、恵はそれが嬉しかった。

「玉犬も見守ってくれてありがとう。てか、恵、また髪の毛乾かしてな………ッ!」

玉犬の頭を撫でていた榧の手を取り、そのまま榧の身体をぐっと持ち上げて、そう離れた場所に敷かれていない布団へと縺れ込む。玉犬を自身の影へと還しながら、布団の上に仰向けに寝転がした榧に覆い被さって見下ろした。榧が焦った表情をしていて、それに恵はつい口角が上がっていくのを感じる。我ながら性格が悪い。

「め、恵サン?」
「榧にもバレンタインを貰ったからな」
「いやそれ恵が勝手に!!!」
「ホワイトデーにはお返しないと、最低なんだろ?」

思ったよりも低い声が出て、榧がそれに怯えるように肩を揺らした。チョコは津美紀達からもらったが、実は榧からも"別に"バレンタインを貰っている。
先月、ホワイトデー同様にバレンタインデーの存在も忘れていた恵は、津美紀達からチョコをもらったことでバレンタインデーを思い出したのだが、当然そうくれば好意を寄せる相手、榧からも欲しい。だが榧は恵に渡す発想はなかったらしく強請ると「は?なんで?」と真顔で返された。しかし恵はどうしても欲しかったので、些か強引に貰った。その身体を。もはやバレンタインにこじつけただけだろと後で榧にめちゃくちゃに怒られたが、反省も後悔も全くしていない。むしろバレンタインのお返しはしっかりしないといけないと改めて思ったわけで。恵は好きな相手には誠実な男なので、しっかり三倍で返す所存だ。
嫌な気配を察したのか榧が恵から逃げようと肩を押すが、鍛えている恵との力の差は歴然で。

「どうしても返したいなら俺は現物支給でいいんだけどな!?」
「現物支給だろ?」
「そうじゃない!そういうことじゃない!や、ちょっと、明日動けないとこまるっ……恵!」
「手加減する」
「それ実行されたことやつ!!!」
「三倍返しだったな」
「恵!!!」

素直じゃない口を大人しくさせようと、恵は早々にその小さな唇に齧りついた。強張る榧の四肢を宥めるように身体中を摩ってやると、暫くして諦めたように榧の四肢がくたりと布団に埋まった。
先程まで全身に感じていた疲労感は何処かに吹き飛び、恵は湧き上がる高揚感に抗わずにそのまま浸った。




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