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怒涛の一日が過ぎ、翌日を迎えた。無理をさせたことで起き上がることが出来ない様子の榧に代わり津美紀と一緒に妹と弟の面倒を見た。榧はそのまま熱を出して丸二日寝込んだ。その間も、父親が戻ってこないか気を張っていたが、金を持って行ってたから戻らないと榧が言った通り、父親の影も見えなかった。
動けるようになった榧は、凪いだ海のように静かだった。何かの前兆にしか感じられず引っかかりを覚えるが、問い詰めても抱き潰しても、榧は何でもないと笑った。その笑顔が、力無くて、日に日に焦燥が増した。
父親と同じことをしたにも関わらず、榧は恵を拒むことはなかった。むしろ恵の手を甘んじて受けいれる。撫でると擦り寄り、抱き締めると抱きしめ返してくれる。それが堪らなく嬉しいのに、それが名残惜しむ様のようで、怖かった。

「そうです、家の中に妹と、弟がいます」

一度津美紀と家に戻ったが、やはり榧達の様子が気にかかり、津美紀と相談して交代で様子を見ようということになった。その話をしようと榧の家に向かうと、榧の家の周りに車が何台も止まっていて。そしてスーツの人間や警察が何人も屯していた。榧が玄関前で、スーツの女と話をしている。頭の中で警鐘が鳴った。このままではいけない。

「榧!」

名を呼ぶと榧がゆっくりと振り返った。ここ数日一緒にいた時には見せなかった、疲れ切った様子に愕然とする。ずっと作られた感情を見せられていたのか。榧は恵を一瞥すると視線を女へと戻した。

「あの二人は、俺と同じ学校の人たちで、先日助けてくれて。関係ないです」
「分かったわ、直ぐに此処を出ましょう」

家の中から妹と弟が、スーツの人間に半ば無理やり抱きかかえられながら連れ出されている。何が起こっているのか妹と弟も知らされていないようだ。

「待って、何!お兄ちゃん!?」
「落ち着いて、突然の事でびっくりしてるかもしれないけど、私たちは児童相談所と警察の人間よ。お兄さんから先日起こったこと、今までのことの通報があって、貴方達を保護に来たの」
「保護!?」

榧が、絶対にいやだと言っていた選択肢を自ら選んでいた。予感が的中する、榧はもう恵に会えなくなるから、恵を受け入れたのだ。
榧が抱きかかえられている妹に言い聞かせる。

「もう一緒に住めない」
「な、なんで」
「次がないなんて、言えない。次も守れるか分からない。一緒に居たいっていう俺のエゴがお前を傷つける」

いつ帰ってくるか分からない父親に怯えて、次も同じように妹と弟を守れるかどうかに怯えて、養っていくための金もなくて。その状況で一緒にいたいという気持ちだけでは立ち行かないことに、榧は気が付いてしまったのだ。理想だけで人は生きていけない、榧はそれを子供ながらに充分すぎるほどに理解している。
弟が嫌がってわあわあと大声で泣いて、妹が暴れて榧に手を伸ばした。

「いや!私はお兄ちゃんと一緒にいたいの!保護なんて嫌!!」
「安心して、極力一緒に居られるように尽力するわ。もし一緒じゃなくても手紙でやり取りしたり、施設をでた後に一緒に暮らせばいいのよ」
「いや!お兄ちゃん!!!」
「待ってください!嫌がってるじゃないですか!」
「貴方達は子供だし、他人でしょう?此処は大人に任せて、もういいから帰りなさい。貴方達の親御さんも心配してらっしゃるでしょう」

津美紀が飛び出して妹を下ろそうとするが、他の大人に腕を掴まれて止められる。榧は地面に視線を落としたまま、妹にも弟にも手を伸ばさない。榧は何も悪くないのに、守るために自分だけが悪者になろうとしている。

「榧」

恵が呼んでも、榧は応えなかった。せめて榧がこの選択を前向きな意味で選んでいるのであれば恵とて時間はかかるが納得しただろう。しかし榧は、全てを諦めた末にこの選択をしている

「………チッ」

隠しもせずに舌打ちをする。期待以上の働きや、想定内の行動など、榧に望んでいるわけではない。最低限の中でいきるだけでいいのに、その最低限から目を背けて、自分から最悪を選んでいる。

「恵!」

津美紀に後押しされるように恵は榧の腕をとった。選択肢から榧が目を背けるのであれば、選択肢側から榧の腕を取るしかない。

「他人じゃない大人がいれば、いいんですよね」
「め、恵…?」

榧が戸惑った声を漏らす。
恵はずっと待っていた。榧から恵にもたれかかってくれることを。それなにずっと一人で背負って潰れていこうとするから。
恵はただの子供だ。金で売られそうになるほどの術式なんてものに恵まれてはいるが、社会ではただの子供。
ポケットから携帯電話を取り出して、受けるばかりで、滅多に鳴らすことのない相手へ発信ボタンを押した。数秒足らずで恵のイライラの種である相手へと繋がる。

『恵ー?珍しいねー!』
「五条さん、ちょっとお願いがあるんですけど」

恵はただの子供だ。
しかし、こういう時に切れるカードぐらいは持っている。





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