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「榧、来てないのか」

珍しいことだった。一限を終えても榧の姿が見えない。優等生で通っている榧は学校を休むことがない。教師も訝しんでいた。
帰りに家に寄ろうかと二限目の準備をしていると、教室内に入ってきたクラスメイトの会話が耳につく。

「ねー校門のところの泣いてる子、迷子かな?」
「誰かの弟かな?」
「先生呼んだのかなぁ」

なんとなく、いやな予感がした。教室を飛び出て校門へと向かう。小さな影が見えて直ぐに確信に変わった。向こうも恵を見ると大きな声で呼んだ。

「めぐにーちゃ!」
「お前なんで、……どうした?迷子か?」

抱き上げてやると、ぐずぐずと泣いていた榧の弟がさらに大声を上げて泣いた。何度か榧の家に行っているが、弟は以前に妹が言っていた通り聞き分けがよく勝手に何処かに行くような子供ではなかった。それがわざわざ恵の通う中学まで来たのだ。三歳児には遠い道のりだったことは想像に難くない。

「か、かやちゃがぁ」
「榧に何かあったのか!?」
「恵!」
「榧の家で何かあったみたいだ」
「行こう!」

榧と妹の名をしきりに呼んでおり、それだけで何かが起こっていることは把握できた。津美紀も事態に気が付いたのか校舎から走ってくる。それに返事をして、授業のことも忘れて恵は弟を抱えたまま走り 出した。

榧の家につくと、玄関が開けっ放しになっていた。弟が出て来たときのままなのだろう。やけに静かで、恵と津美紀は顔を見合わせて何があってもいいように頷きあった。弟を津美紀に預けて恵が先陣をきる。

「………」

そっとリビングの扉を開ける。不審者がいないか警戒をして周囲を見回すと、片隅で何かが震えていた。榧の妹がカーテンに隠れるように身を小さくしている。着衣が乱れていて、直ぐに状況を把握した。

「っ、…!!」
「!!!」

津美紀が妹へと駆け寄る。恵は男の自分が近寄らないほうがいいと判断し、弟と妹を津美紀に託して他の部屋を回る。

「榧!榧……!」

もどかしい。無事なのだろうか、時間が永遠に感じた。

「ッ、榧!!!!」

奥の部屋に、榧はいた。腕をしばられて、何も身につけず、身体中痣だらけで、そしてーーー
はらわたが煮えくりかえりそうになって目の前が真っ赤になった。




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