9 教師が気を引くように両手をパンパンと打ち合わせた。 「ほら、二人一組になれー」 学校という狭い社会ではペアを作るこの瞬間に戦が始まる。人気のあるものは取り合いになるし、あぶれた物が晒しものにあう。恵は特に親しい人間がいるわけではないが、誰かしらに声はかけられるので、一人になることはない。今日もたまたま側にいた男に声をかけられて、了承した。 クラスの中心ではお馴染みの光景が繰り広げられている。 「榧ー!一緒に組もうぜー」 「あ!私が榧くんと組みたかったのにー」 「ごめんね、先に声掛けてくれた人と組むね。次よければまた声掛けて」 「声かけに負けると榧くんスマイルを間近で浴びれる利点があるわね」 「あいつそれが分かっててやってるんだって」 「うるせぇちょっと黙れ。そしてあぶれた私と組め」 「可愛げがねーな」 榧の周りはいつも人で溢れている。今日も勝ち取ったらしい一人が誇らしそうにしており、そして組めなかった周りも楽しそうに笑っていた。榧は人気者だが、それが原因で人間関係に亀裂を生むことはなかった。無駄な軋轢を作らず、上手く立ち回る事ができるのが榧だ。 「あ、榧くん、じゃあせめてお昼一緒に」 「ごめんね、お昼はちょっと……痛っ」 「あーら、ごめんなさーい」 「ちょっと!」 「偶然!当たってしまっただけですのよー!そんなところでいつまでも突っ立っているので!」 軋轢を生まないと言っても、百人いて百人がそうとは限らない。クラスの中心となる榧を面白くないと思う人間も当然いて、あの女は何かにつけて榧に食ってかかっていた。今も榧にわざとぶつかって行った。榧は一瞬表情を消したが、それに気が付いたのは恵だけだろう。直ぐに笑顔を浮かべる。 「……いいよ、僕は大丈夫。こっちこそぶつかっちゃってごめんね。怪我とか無いかな?」 「健気」 「天使か?」 周りが榧を褒め称えるのをみて、女が面白くないと鼻を鳴らして下がった。恵はそれを見届けて、筆箱からシャーペンを取り出した。 昼休みも終わるギリギリの時間。生徒は教室に戻っていて、辺りは静かだ。恵は昇降口の下駄箱に体重を預け、その様を眺めていた。 「何してんだよ」 「見ての通りミミズいれてる」 「陰湿」 「あいつが悪い」 榧があの女の靴の中にミミズを入れていた。幼稚だが、最も効果的な嫌がらせだ。わざわざ土を掘ってさがしたのだろうか。やられたらやり返す主義の徹底ぶりに恵は呆れた。どうせあの程度のことしかしてこないのだから、放っておけばいいものを。 同時に善人でも悪人でもない榧の行動に腹が満たされた。 「今日行っていいか?」 「…津美紀ちゃんは?」 「津美紀はダチんとこに泊まり」 「………スーパーの特売行くから付き合ってくれるならいいよ」 「嗚呼、行く」 悩んだ榧に、即答で返す。榧は呆れた顔をして、そしてミミズを入れ終えたのか、何食わぬ顔で校舎に入っていった。恵も少し時間を空けてからその場を離れる。 |