番外編1


//2021ホワイトデー?
//猪野くんの勘違いがフィーバーしているだけ










腕時計で時間を確認している七海の横で、猪野は「あ」と声を漏らした。道路の反対側から交差点をぬけて栂が走って近寄ってくる。

「申し訳ないです!お待たせ!」
「いえ、時間通りです。問題ありません」
「ありがとう。あ、猪野くんも一緒?よろしくねー」
「ッス」

笑ってひらひらと手を振る栂に、猪野は頭を下げた。珍しいことに今日は七海、猪野、栂の三人で任務だ。七海と食事をする何度かで同席した栂とも交流させてもらって、栂の人となりは把握しているが、任務を共にするのは初めてだった。式神使いだと聞いているが、どの程度の力量かは定かではない。ただ七海が認める人間だ、弱くはないだろう。
栂の人柄だけで言えば、文句無しの人物だ。七海を尊敬する心は変わらないが、同時に栂も呪術界には珍しい「ちゃんとした大人」でとても好印象を抱いてる。なので、今日の任務が猪野は結構楽しみだった。
だが、傍に寄ってきた栂の顔を見て、猪野は首を傾げる。

「七海サン、今日なんか、栂サン顔色悪いッスよね?」
「そうですね……血の気が引いたような色をされていますね」

七海が頷くと、栂はぱしぱしと瞬きを繰り返した後に、二人の追求からは逃れないと弱った風に頬を指の背で掻いた。

「あー…実はあんまり寝てなくてさ。昨日どーにもこーにも仕事が終わらなくて、今日も仕事してから来た感じ」
「大まかに誰のせいですか?」
「ガングロウェイ系」
「あの人ですか……」
「え、ガングロウェイ系で伝わる人がいるんスか?」
「いる」
「います」

同じ会社にいただけはあって、栂と七海には通じる人物がいるらしい。その特徴通りだとすると猪野の知っている非呪術者のテンプレートであるサラリーマン像から大幅に外れているのだが、そんな社会人もいるのだろうか。変わり者が多いとされている呪術界なので、栂よりよっぽど呪術師に向いているかもしれない。

「栂サン、呪術師だけでやってかないんスか?」
「無理無理。俺強くないし」
「サポートは重宝されると思いますが」
「何よりも死にたくない」
「まぁ、そうですね……その思想であれば、呪術師一本でやっていくのは向いてないですね」
「うん」

サラリーマンをしながら呪術師をしているというのは大分タフな話だ。日中に仕事をしてからこうして夜に呪術師の仕事に向かうことを想像するだけで猪野はぞっとする。どうしてもしなければならないなら、日中の仕事は残業も休日出勤もない楽なものがいい。

「じゃあ別の会社に転職しないんスか?」
「給料がいい」
「分かりやすいッスね!」

平日サラリーマン、休日呪術師をしている様子から、金銭面で必死なのだろうと推測できるが、休日出勤と任務で身を粉にしてもどちらの仕事も辞めるつもりはないらしい。メンタルがタフだ。だが身体はついていけていないように思えて、心配だった。

「栂さん、あまりにも顔色が悪いです、今日は帰宅された方が」
「給料分の働きはするよ。サクッと終わらせてサクッと帰る」
「……相変わらず社畜ですね」
「七海くんもね」

前に栂に聞いた話では「死ななければかすり傷」がモットーらしい。これが社畜ってやつか。笑う栂に、諦めたように七海が溜息を吐いた。どうやら帰すのは断念したらしい。今回の任務は事前の調査では呪術師が二人もいれば十分事足りており、もう一人アシストがいた方がいいだろうということで栂が呼ばれいる。栂に負担がかかる前に猪野と七海でターゲットを叩けばいい。

「猪野くん、申し訳ないですがこの後の食事は後日にしてもいいですか?栂さんを送っていきますので」
「え、いやいや大丈夫」
「勿論ッス!」

勢いよくサムズアップを返すと、栂があわあわと狼狽えた。任務が被れば大抵その後の食事を共にすることが多いので今日も誘っていたが、栂の顔色を見れば異論はなかった。むしろ途中で倒れる心配もなく安全に帰宅させることができそうで安心だ。
七海と猪野の様子から意見が覆られないことを悟った栂が、申し訳なさそうにしゅんとする。

「申し訳ない……」
「問題ありません。猪野くんはこれくらいのことで文句をいう青年ではありませんし」
「ッス」
「栂さんに渡したいものがあったので送っていけてちょうど良かったです」
「渡したいもの?」

ん?んんん????猪野は内心首を傾げた。何の話だろかと思っていると、栂も何の話か分からないようでポカンとしている。その栂の様子に、七海が特徴的なサングラスをかけ直して掌で表情を隠した。そしてまるで猪野には隠すように「先日の」と一言付け足された。

「………………………嗚呼!別に気にしなくていいのに」
「そういうわけにはいきません」

栂には思い当たる節があったらしい。にこりと笑う栂に、七海が眉間に皺を寄せた。
その二人のやり取りを見て、猪野の脳味噌はかつてなく回転し、そして二人の奥にあるコンビニの窓の貼り紙を見てピンときてしまった。名探偵になった気分だ。全てが合致した。

「そういえば今日はそういう日ッスよね!?気が利かなくてスンマセン!!!!!」
「はえ?」
「は?」

七海と栂が不思議そうな声を漏らしているが、猪野はもう気が付いてしまったのでみなまで言う必要はない。七海のいう「先日」「渡したいもの」そしてコンビニの張り紙、そうこれらのキーワードと合致するのはひとつ、今日は三月十四日、ホワイトデーだ。猪野は今年のバレンタインに残念ながら縁がなかったのでホワイトデーにも縁がないが、この二人にとっては重要な行事のはずだ。栂の顔色が良かろうが悪かろうが、猪野は気をきかせるべきだったことに気がついてしまい、後輩力が足りていないと自分を心の中で叱咤した。

「いえ!サクッとやってサクッと解散しましょ!俺頑張るんで!!!!」
「???」
「良く分かりませんが……やる気が空回りしないように気をつけてください」
「ッス!!!!」

口から空気が抜けるような相槌をして、両手を肩からぐるぐると回してやる気をアピールした。
言わない猪野と、聞かない七海達により、こうして猪野の勘違いは加速していく。






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