午前中にざっと仕事の内容を聞くと、配属初日にして午後客先へと向かう栂に同行することになった。対人関係に難はないつもりだが、社会人として客と接するのは初めてだ。これでも一応緊張しているのだが、七海は顔に出ないタイプなので栂には堂々としてみえているようで。

「七海くんって何だか年の割に落ち着いてるけど、育ちが良いのかな?それか学校が厳しかった?」

移動がてら昼食は外で取ろういうことになり、栂の案内で来たのはイタリア料理店だった。パスタが美味しいと教えられて、勧められるままに頼んだペペロンチーノは、辛味とオリーブオイルの美味しさが際立っており、かつパスタも程よい硬さで七海も満足いくものだった。パスタを勧めておきながら何故かリゾットを食べている栂に、一度フォークを置いて水を飲んでから答える。

「家は普通の一般家庭です。……学校は放任主義で、むしろ先輩達が自由すぎて胃が痛い日々でした」
「その歳で胃が痛いことある!?」
「あります」
「す、スゴイ先輩だったんだね……それで反面教師になったのかな」

自分でも眉間の皺が深くなったのを感じる。七海の表情の険しさに圧倒されたのか、栂はそれ以上掘り下げてくることはなく、それに少しほっとした。とてもじゃないが高専時代のことは語れない。呪術なんて今の世界には受け入れ難い分野で、同級生を喪い、先輩が離反した話など到底出来ず、語れるような学生生活の思い出は殆どなかった。
男二人の食事に時間はかからずささっと終えると、栂が二人分まとめて支払ってしまった。財布を取り出すと、栂は「やっぱり真面目」とくすりと笑って、手をヒラヒラと横に振る。

「いいよ。先輩だからね」
「ですが…」
「いつか七海くんに後輩ができた時に、同じことしてあげて」
「……はい。ありがとうございます、ご馳走様です」
「うん」

あまり食いさがっても失礼に当たるだろうと、大人しく財布をしまうと栂は満足そうに頷いた。

「よし、午後の初めての顧客対応頑張ろう」
「はい」

いよいよ客先訪問だ、隣にいるだけとはいえ七海は漸く真っ当な社会人の一歩を踏み出した。





七海は静かに興奮していた。こんなに理想的な一般人はなかなかいないと思うぐらいに、栂は七海が描く理想そのものだった。後輩への気遣いはもちろん、営業先での物腰柔らか態度と口調、話運びや客への気遣いなど、どれをとっても文句無しだ。
呪術師をしているときに比べれば雀の涙ではあるが、給料がいいので選んだ仕事。しかし金のことだけを考えているわけではなく、人として責任感を持ちやりがいを感じたいと思っていた。栂のようになれたのであれば社会人として充実できるだろう、そう思える先輩だった。たまたま栂が指導役についたのであろうが幸運であった。高専時代に思い知ったことだが、周囲の環境で人間でやる気は大分変わる。

「栂さん、凄いですね。お客様にあんなに信頼されていて…とても勉強になりました」
「うわー嬉しい。褒められても、飯奢るぐらいしかできないよ?」
「そう言うつもりではないです。本心から関心しました。効率的に、如何に損をさせずに、けれど会社の利益も損なわない形で」
「わーわー!恥ずかしい恥ずかしい!やめてくれ!」

栂はそう言って遮ってきたが、本気にはしていない様子でけらけらと笑っていた。確かに逆の立場であれば七海も仕事のイロハもわからない人間の言葉は世辞だと本気にはしていないだろう。分かってもらうために力説する必要はないので、七海は大人しく引き下がった。しかし心の中では既に栂への尊敬の気持ちを抱いていた。




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