「聖書曰く、労働は罰。二次元の言葉を借りるならば、働いたら負け。つまり何が言いたいっていうと、労働はクソなんだよ。分かる?七海くん」
「はぁ」
「いかに鈍感でいられるか、愚者が勝者なんだよ。俺はさー、労働はクソだって気付きちゃってるから敗者なんだよー。はーほんと労働クソ。チーフはハゲ、課長はガングロ、部長はデブ」
「はぁ」

この人の口からそんな言葉は聞きたくなかった。



* * *



高専を卒業した七海は地続きとなっていた呪術師となる道を蹴って、大学に編入し、そして一般企業に就職した。高専時代の記憶は、苦さと虚しさと仄暗さしか七海には残さなかった。同級生を喪ったことも、同級生が尊敬していた先輩が離反したことも、圧倒的な力を持つ先輩も、全てが七海にとって重荷だった。
呪術師を辞めることは、命をかけず、生きることを選ぶと言うことだ。高専時代に助けられなかった命から、呪術師を続けていれば救えたかもしれない命から、後ろ指を指された気がした、逃げるのかと。

ーーー嗚呼、そうだ。

逃げることの何が悪い。七海は、呪術師にはならない選択をした。七海自身の命を守るために。

七海は呪術師にならなければ、一般人になれば、普通になれると思っていた。無事に内定をとった企業で新人研修を終えて希望部署に配属される。

「えーと、七海くんだっけ?これからよろしくね」

教育係だと紹介された栂という男がにこりと笑う。シルバーフレームの眼鏡に、ネイビーのスーツ。物腰柔らかく、誠実そうで爽やか、絵に描いたような人当たりの良さそうな人間そうで、呪術界というまともな奴のいない世界で生きてきた七海には新鮮だった。
自席となる場所に座るように促されて、栂も隣に腰を下ろした。隣同士のデスクらしい。栂のデスクの上には折り紙で作った鶴が飾られている、折り紙が趣味なのだろうか。

「取り敢えず、営業だしお客様の対応が何よりも大切だから、そこを重点的にだね。七海くんは接客とかのバイト経験ある?」
「いえ、有りません」
「そっか。じゃあちょっと口煩いかもしれないけど逐一厳しく指摘させてもらうね」

優しい口調だが先輩としてはとても頼もしい言葉だった。一般常識はあると自負しているが、普通とは違った世界を生きてきた自覚があるので、栂により普通を教えてもらえるなら有難い。

「はい、是非お願いします」
「……ふ、ふふ」

本心からお願いすると、栂は眼鏡の奥で目を瞬かせて、そして口元に手の甲をあてて笑い声をもらした。何故笑われたのか分からず、七海は首を傾げる。既に何か普通ではないことをしてしまったのだろうか。

「あの」
「ごめん、七海くんがあまりにも真面目でいい子そうだったから笑っちゃった」
「……」
「怒んないで、悪い意味じゃないよ。変に尖ってなくて安心したってこと」

七海が僅かに顔を曇らせると、直ぐに栂は手を振って否定した。相手の感情の機微に聡いようで、かつそれをきちんと汲み取ってくれる、理想の先輩だと確信した。
栂が右手を差し出してくる。

「改めまして、栂です。よろしくね、七海くん」
「はい、宜しくお願いします」

七海はその手を力加減に気をつけて握り返した。






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -