番外編2


//安定の猪野くん勘違いフィーバー









ひらひらと舞う蝶が、栂の指先にふわりと止まった。栂はその蝶を見て首肯する。

「うん、問題なさそう」
「ッス!……栂サンの式って便利っスよね。何でも具現化できるんスか?」
「折り紙で作れれば形を保つことはできるけど…動くイメージが伴わないから、実際に使うとなると結局定番の奴になりがちかな」

猪野の問いにそう答えながら栂は指先の蝶を消した。蝶は折り紙に戻ることなく、呪力に焼かれて消滅した。何度見ても不思議な光景で、猪野はまじまじと栂の指先をみつめた。式使いは呪術師としてはメジャーなものだが、栂の使う折式と呼ばれる呪術は、とても精巧で実物の生き物と遜色無いように見える。紙なので炎や水に弱いと栂は言うが、そんなもの普通の人間や動物でも同じだ。栂は懐から数多に式神を出し、その種類たるや目を見張るものがある。まるで手品のようで次に何が出てくるのかワクワクしてしまう。

「人間も作れるんスか?」
「できるよ。今もあるけど…人形(ヒトガタ)に、名を書いて、魂を吹き込む」

栂は懐から筆ペンと人の形に切り取られた紙を取り出した。達筆な字で猪野の名を人形に記すと、その紙を二本の指で頭からつま先までなぞった。紙が栂の呪力を纏い、宙に浮く。そして一瞬の間に、それは人となった。猪野は驚いて目を丸くする。

「俺だ!!!」
「猪野くんだねー」
「喋ったり動いたりできるんスか?」
「今は名を借りて形をつくっただけだから、呪骸に近いかな。猪野君の髪とか血とか使えば動きとか喋りとか寄せていけるよ」
「へぇーーー!!!すげーーーー!!!!」

栂の言う通り栂の作った猪野は自由に動いたり喋ったりはせず、そこにずっと立っていた。自分がもう一人いるのは気味の悪いものだが、栂の呪術だと思うと不思議と嫌悪はわかない。自分に牙向かないと分かっているからだろうか。
栂は、驚きそして喜ぶ猪野に微笑ましそうに笑って、呪力を消し、人形に戻して焼失させた。燃えて塵一つ無くなった空間を眺めて、栂へと視線を移す。

「めっちゃ便利そうっス」
「んー、大きいものとか、知力を伴うものを生み出すのは呪力食うからね。あんまり人形はやらないよ。単調に動いて小さい、動物とか虫がポピュラーかな、複数動かそうと思うと尚の事」
「そうなんスね」
「俺が無機物である紙を媒介にするからだろうね。禪院の相伝の…十種であれば、あれは影だからもっと違う、生き物に近い式になると思うよ」
「マジっすか!!!確か、十種持ちって今いるんスよね?」

栂の式も十分に生き物だと思うのだが。式使いにも色々と系統があるらしい。呪術師をしていれば誰でも名ぐらいは知っている御三家のひとつ、禪院の相伝の術式十種。猪野のような一般家庭を出自とする呪術師は他人の術式等気にしないものだが、確か七海が前にその名を口にしていたはずだ。

「伏黒君のことですか?」

そう、伏黒だ。あれっと思い、猪野が声のした方を見れば、ジャケットに汚れ一つなく七海が戻ってきていた。

「七海サン!」
「七海くんおかえりー」
「はい、戻りました。そちらはどうでしたか?」
「三級が三体っした」
「そうですか、私の方が一級が一体でしたので、報告書通りでしたね」
「怪我はない?」
「ええ、ありません。お二人も怪我は…無さそうですね」
「無いね」
「栂サンの式がナイスアシストで無傷ッス!」

サムズアップを返せば栂はまた微笑ましそうに笑って、七海もふっと笑みをこぼした。かけていた特徴的なサングラスを外してケースにしまう様が容姿も相まって大人で格好良い。

「今日は食事に行けそうですね」
「やったー!肉!!!」
「ジンギスカン楽しみだねー」
「栂さんは焼くばかりでなくちゃんと食べてくださいね」
「焼くのが楽しいんだって」

今日の任務後のご褒美はジンギスカンと事前に三人で決めていた。前提である怪我をせずに終える、というのをクリアできたので無事に食事にありつける。七海と栂と一緒に食事をすると必ずお高いけれど雰囲気が固すぎない店に連れて行ってくれて、かつ奢ってくれるので猪野は楽しみだった。もちろん二人となら安い店でも大満足だが。

「そういえば伏黒君がどうかしましたか?」
「ふしぐろくん…?」
「あ、十種持ちっスよ!」
「嗚呼!成程。姓が禪院じゃないんだ」
「母方の姓らしいです。父親が禪院で、出奔した身だと聞いています」
「へー」

他人事ながら、出奔するほど家と折り合いが悪かったのに、産まれた子供が相伝の術式なんて皮肉な話だと思う。
高専に所属していればこの噂は誰もが聞いたことがある噂だが、生憎栂はフリーの呪術師をしておりこの手のことには疎かった。

「猪野くんと式の話をしていて、俺は無機物の紙を媒介にするからあんまり生き物っぽくないっていう話。その点影を媒介にする十種はもっと生き物っぽいんじゃないかなって」
「そうでしたか、それで伏黒君の話を」

特に渦中の伏黒という子供は、あの最強を冠する男を後見人としているらしい。七海の先輩なので猪野もその人物を又聞きで良く知っているが、そのどちらとも猪野はまだ深い面識は無かった。

「伏黒君は確か今年高専に入学だったと思います。担任が五条さんだったかと」
「そうなんだ。最強が担任だと心強くていいねー」
「術者として申し分ないですが、あの性格では生徒が可哀そうですがね。…同じ式使いとして興味がありますか?」
「うーん、式って一口に言っても、それぞれ全然違うものだからなぁ。そのうち縁があれば話してみたいってぐらい」
「そうですか」
「ネクタイ曲がってる」
「すみません、ありがとうございます」

栂が自然な仕草で七海の首元へと手を伸ばして、先ほどまで式を操っていた指先で七海のネクタイを直す。七海も七海で全く緊張も警戒もせず、人体の急所を差し出していた。
その光景に猪野は、はわわと口元を手で押さえた。

「?どうしたの猪野くん」
「お、俺…お暇した方が…?」
「え!?なんで!?一緒にジンギスカン行こうよ!」
「二人のお邪魔に…」
「……?一体何を言ってるんですか?」

きょとんとした様子の二人に、猪野はひとりで勝手に居心地の悪さを感じていた。





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