ねぇねぇすくなB ※現代、2021バレンタイン 釘崎はスカートの裾が床に付かないように気を付けながらしゃがんで子供と目線を合わせると、赤い箱をずいっと差し出す。 「おら、泣いて喜べガキ」 「????」 当の本人は釘崎の行動が理解できていないようでぽかんとしていた。当然か、平安時代には無い行事だ。 釘崎は長い溜息を吐いて、子供の手を掴んで箱を無理矢理握らせる。子供の手には大きく胸に抱えるように抱いていた。 「バレンタインよ、バレンタイン」 「ばれんたいん」 「バレンタインでチョコを知り合いに渡して、来月のホワイトデーでお礼を三倍にして返してもらう儀式のことよ」 「おい、子供に変なこと吹き込むなよ」 「間違ったことは言ってないわよ」 そんなに一方的な儀式ではないし、そもそも儀式でも無い。伏黒が呆れて窘めても、釘崎はしれっと流した。 本来ならば高専は、高等教育過程の学校であり、小学校にも入学できないような子供を預かる場所では無い。だが今ここにいる子供はただの子供ではなく、両面宿儺と縁のある子供だ。おまけに首に下げた注連縄は普通とはいえず野放しにすることにもできないため、伏黒達の担任である五条預かりとなっている。ただ五条は自他共に認める呪術界最強とあってそれなりに忙しい。外出や出張に子供を連れて行くわけにはいかず、こうして伏黒達に預けて出かけることも多かった。幸いに子供は好奇心旺盛だが聞き分けは良く手がかからなかったので、伏黒達の手に余ることもない。今日も子供を預かった伏黒達一年生は担任の五条が出張のため自習ということになり、教室で課題をしている最中だった。 虎杖が釘崎に首を傾げる。 「チビにはあるのに俺らには?」 「無いわよ。何であんたらにやんなきゃいけないのよ」 「禪院先輩には?」 「あるわよ。もちろんお返しなしでね!」 「デスヨネ」 わざわざ聞かずとも分かりきっていたことだろうに。 しかし自分達に無いのは分かっていたが、まさか子供には用意していると思わなかった。可愛がってはいるようだが、一学年上の禪院ほどあからさまに親しくしている様子もなかったと記憶している。子供だから特別、なんてことを言うような殊勝な性格でも無いだろう。 「何でこいつにはやるんだ?」 「だって一人で食べずに保護者である先生と食べるでしょ?そしたら先生にもあげたことになるじゃない。お返しの三倍が……ふふっ」 「うわー」 「遠回りだな。直接渡せば良いだろ」 「いやよ。何で私が」 「ひどい」 「まぁ先生にはこれぐらいが丁度いいか……」 渡す理由が欲にまみれているが、深い理由があっても困るだろう。釘崎の遠回しなお返しへの期待は五条の扱いをよく理解している。釘崎が子供に人さし指をずいっと突きつけた。 「というわけで、これを先生と食べなさい。『釘崎野薔薇様にもらいました』と忘れずに伝えなさい。分かった?」 「はーい!」 「相変わらずいいお返事なのに不安だわ」 「こいつは返事だけがいいタイプだからな……」 「ちゃんと分かってるかー?」 子供は、いつも返事だけはとてもいい。分かっていなくても分かっていると言うので、多くの大人が振り回されている。当の本人は何回言い聞かされても、元気のいい返事だけは欠かさないのが厄介だった。分かったのか分かってないのか。返事は大切だが、そうじゃないということが伝わらない。 虎杖が首を傾げて問いかけると、子供は分かっていないのかはたまた虎杖を真似ているのか同じ方向に首を傾げてみせた。それをみて釘崎が顔を両手で覆う。 「不安だ……」 「そんなに不安ならもういっそ直接渡せばいいのに」 「それは絶対にいや!!!!!!」 此処まで嫌がられるとそれはそれで哀れだなと思いながら伏黒は冷めた目で茶番を眺めていた。 |