ねぇねぇすくな@ 主=ショタ 「ねぇねぇすくな!これなぁに?」 「蚯蚓だ。土に戻せ」 「あ、切れちゃった」 「こっちに持ってくるな」 「見て見て!切れたけど動いてる!」 「ええい、見せるな!!!それを触った手で絶対に俺に触れるな!!!」 両面宿儺がその童と出逢ったのは偶々だ。 荒れ果てた廃村だった。人が住まなくなって久しい様子のその村は見て回っても人っ子一人居なかった。血の跡も人骨もなく、ただ荒れて朽ちている。捨てられた村のようだが、誰も住み着いて居ないのもまた珍しかった。この時代、様々な理由で家を失ったものは多く、廃村とあれば住み着く輩がいてもおかしくはない。 何か訳ありかと興味本位で探ってみると、村の中心に神社があった。神社といってももはや名残のようなものだ。土台だけしか残っておらず、その社の屋根すらない。朱色の装飾のみが、神社の名残であった。 その土台に、一人の童がポツンと立っていた。齢、四つか五つか。足元は裸足で、ざっくばらんに切られた髪。やせ細った手足をしているが、そこに不相応に着せられている白い襦袢は一目で良質であることがわかった。その首に随分と不釣り合いなものを下げている。 「おい、その首どうした」 「ーーー」 宿儺が声をかけると、童はゆっくりとした動作で宿儺へと視線を向けた。焦点の合わない、生気のない瞳が宿儺を捉える。 「クハッ、人柱にでもされたか」 「ぁ、……ねぇねぇ、ひとばしらってなに?」 「!ふむ………」 応答があったことに宿儺は顔には出さずに驚いた。てっきり既に死んでいると思っていたが、正気を取り戻したようだ。 「捨てられたのよ。人間には要らぬとな。そして神に捧げられたのよ、贄として」 「にえ」 「命を捨てろと言うことだ」 「へー!なんでも知ってるんだね!」 キラキラとした瞳で宿儺を見上げて童は感心したように声を漏らす。 居心地の悪さを感じ、また興醒めし、宿儺はくるりとその場を回れ右した。 数歩歩いて、そして立ち止まる。 振り返れば先の童が宿儺のすぐ後ろに立っていた。 子供を殺す趣味はあるが、子供に懐かれるのは好きではない。 「何故ついてくる」 「ダメなの?」 「殺すぞ」 「そうなの?」 「何処ぞにでも行けば良い」 「べつにない。ついてく!」 「ついてくるな」 「ついてく!」 「チッ………」 聞き分けの悪い子供に宿儺が掌を向ける。この程度、僅かな呪力をぶつけるだけでさっさと摘みとれる命。 何の感情もわかないまま殺そうとした。 しかし、その呪力の塊は、童に当たる前に何かに阻まれ、そして弾けて消えた。 焦げ跡ひとつなく、呪力の残穢すら残っていない。 「っ、何だ?注連縄が…」 「?バチってした!なに?いまのなに?」 「……見せてみろ」 宿儺が腰を下ろすと、童は直ぐに宿儺の傍に立った。先ほど殺されかけたというのに恐怖心というものが一切ない。 宿儺が童に触れようとすると、指先が何かに弾かれる。 「またバチってした!」 「俺が触れられぬ、だと?」 見間違いではなかった。童の首に不釣り合いに下げられた太い注連縄がふわりと浮いて、宿儺を弾いたのだ。 触れぬので傍目からの検分しかできないが、ごく普通の注連縄に見える。太さは童の首ほどもあり、先が何かに繋がっていたのだろうか、千切れて焼け焦げていた。注連縄の太さから、首から下げているだけでかなりの重さであるはずだが、童は一切重たさを感じていないようだ。 暇つぶしをみつけた宿儺はふっと笑う。 「………興味が湧いた。好きにしろ」 「わーい!ところで、これなに?」 「注連縄だ。あの世とこの世を、切り分けている」 「???」 「まぁ、分からぬだろうよ」 贄として差し出す童にわざわざ詳しい話をしてやる大人がいたとは思えない。何も分からぬままに育てられ、そして捧げられたであろう童を、気紛れに宿儺は連れて行くことにした。 童は意外にも聞き分けがよく、駄々を捏ねたのは出会った時の一度きりで、それ以外では宿儺のいうことをよく聞いた。手間がかかるようであれば殺すなり置き去りにすれば良いと思っていたので、予想外であった。ただ童は童らしく好奇心旺盛だった。 「ねぇねぇすくな!これはなに?」 「彼岸花だ。此方と彼方の堺に咲くと言われておる」 「???」 「まぁ、分からぬだろうな」 童は目に入ったものを片っ端から宿儺に聞いてくる。煩くてかなわないと思ったのもはじめのうちで、童は宿儺の感情の機微を一通り見た後からは、時と場合を選んで聞いているようだった。 「じゃあこれは?」 「………童、これを何処で見つけた?」 「あかいおはなの下にうまってた!」 童が持ってきたのは童の掌より大きな貝殻だった。中に絵が描かれており、本来は貝合わせに使用するものだ。しかし今は、その絵柄は残穢で煤汚れている。 「呪物だったもの、だな」 「じゅぶつ?」 「呪われたものよ。恨み、妬み、嫉み、それに囚われた存在」 「へー」 「今は既に力はないようだが…良くこれに触れたな」 「ビリビリしたから、びっくりしてこう。ビリビリしない」 こう、の動きで貝殻に手刀を落とした童。恐らく二度目のその手刀により、執着のように残っていた残穢が霧散した。この童、何も分からぬまま手刀で祓ったのだ。 宿儺は思わず呟く。 「怖いもの知らずか」 「???」 宿儺にとっては蝿を払うのと全く同じよなものだ。歩いていて目の前に飛び出してきた虫にわざわざ名を聞くか、それこそ正気ではない。 「ねぇねぇすくな、これだれ?」 「知らん」 宿儺の簡潔な返答にもめげず、童は「ふーん」と相槌を打った。童は物珍しそうに見ているが宿儺には見飽きたものだ。しかし考えてみれば、この童の前で殺生をしたことがなかった。 この童は四六時中宿儺にくっついているわけではなく、稀に姿を消す。何をしているかと思えば、動物と戯れたり、植物を観察していたりと、興味を惹かれるままにふらふらとしていた。そしてどうやってだか宿儺を見つけ出してまた周囲をちょこまかとするのだ。帰省本能がしっかりとある童だった。 初めて宿儺が殺したものをみた童はしかし怖がる様子もなく、それの周りをチョロチョロとしている。 「動かないね」 「殺したからな」 「ツンツンしてもいい?」 「素手では触るな。呪術師の死体など、何が起こるか分からん」 「はーい」 童は落ちていた木の枝で死んでいる呪術師の体をツンツンと突き出した。大層肝の座った行為だが、童は理解していないだろう。 宿儺は虫になど興味がないので早々にその場を後にしようとした。 「???ねぇねぇすくな!これなぁに?」 童の言葉に宿儺は虫を見下ろす。童が器用に木の枝で虫の着ている服を持ち上げていた。その下に、悍しいほどの蟻が群れていた。そしてそれが何処かに向かって移動しようと塊になって動き出す。 「………成る程な、ヤケにあっさりと死んだと思ったらそう言うことか」 「どこいくの?」 「知らんが……見逃す必要もない。潰してしまえ」 「うん!」 元気のいい返事だった。童は枝をポイっと捨てると今度は両手でも余るほどの石を持ってきた。 そしてその石を容赦なく、群れの上に放り投げた。 「ねぇねぇすくな!」 童は知らぬ何かがあるとき、いつも宿儺にこう話しかけてくる。枕詞だろうか。もはや問いかけの内容は無くとも、それだけで何か聞かれるのだなと察するほどの月日がたった。 子供の血肉を好む宿儺には珍しく長く共にいた童だ。 まぁ童に手を出そうとしても、首の注連縄により手を出せぬのだが。 「子供!?」 「どうする!?」 「構う必要はない!殺せ!子供の命より宿儺を殺す方が優先だ!」 久方ぶりに群れをなした虫が宿儺に挑んできた。虫というのは殺しても殺しても湧いて出てくるのが不思議だ。 その威勢のいい虫どもは、宿儺と虫の間に飛び出してきた童に驚き戸惑った声を漏らす。 童は片手に何かの植物を持っており、それが何かを聞くために宿儺の前に飛び出してきたのだろう。虫にとっては予想外の出来事で、タイミングが最悪だ。 しかし瞬時に切り捨てると判断し、童諸共と突っ込んできた。 「っ、この子供、死なない……ッ!」 「呪物か!?呪霊か!?」 その全てを、童は吹き飛ばした。正しくは注連縄が。 状況が理解できずポカンとしている童をおいて、戸惑う虫を宿儺は払った。瞬きの間にその場に静寂が戻る。 「ねぇねぇすくな」 「何だ」 虫への興味を失った宿儺がその場から歩き出す。 その後ろを童がチョロチョロとついてくるのを気配で感じた。 「この縄きれたら、どうなるの?」 「……それは分からぬな、俺にも」 「そっかぁ」 童の首の注連縄は、童に触れる全てを拒む。そしてその注連縄の効力がどれ程持つものなのかは、宿儺にも分からない。注連縄は、あの世とこの世を切り分けている。ただそれだけは確かだ。 「ねぇねぇすくな!これはなに?」 「蓮だ。極楽に咲いている花だ」 「へー!」 先の事などもう忘れたかのように、童はいつもと同じく宿儺へ問うてきた。 あいもかわらず、この童は何も知らぬゆえに、怖いもの知らずだ。 |