もう十年以上も前の話になる。
ある東京高専の学生が非術者を大量虐殺した。そして呪術界から姿を消し、親友だった男に殺された。
ことの子細を聞いた気もするが、楪は難しい話が好きではないので殆ど聞き流しており、興味もなかったので正直覚えていない。
しかし、その男についてはよく覚えている。

楪は京都出身で、東京校には通っていなかったが、その男とは顔を合わせる機会が多かった。
何故なら、その男の親友が、六眼と無下限をもつ五条悟だったからだ。
五条がまだ無下限を使いこなせておらず、しかし一般の術者には手が追えなかったため、教師に変わり楪が五条をボコボコに…熱烈に指導していた。指導といっても楪は頭を使うのが嫌なので力でねじ伏せていたが。

稀有な能力の持ち主で、吐瀉物の味がするという呪霊を呑み込んでいたその男は、五条よりも楪の目を引いた。
人間らしく悩んでいる姿が呪術師には珍しく、楪にはないものだったので、どちらに転ぶのかが気になって。

なのでその一報が届いたときに、そっちになったのかと思ったし、残念な気持ちも湧いた。
片方へ寄ってしまったことに残念がったわけではない、あのぐらぐらした危なっかしいところが人間味があって良かったのだ。
そう楪は、人間味があるその男が良かった。




「お久しぶりです、楪さん」

なるほど、確かに事前に想像した通り。
目の前に現れたのは、服装はあの頃と違い、顔はちょっと老けた気もしなくないが、間違いなく久方ぶりに見る夏油傑だった。

楪はスマホを手に入れてから一度も電話番号を変えていない。
そのため十年以上同じ番号を使用している。
その番号宛に『お久しぶりです』とショートメッセージが届いた。
送って来たのは自称夏油傑。
トークの内容はこうだ。

東京校と京都校の交流がある日、天元の元にいる護衛を殺してほしい。

東京校と京都校は年に一度交流会という名のマウント争いがある。マウント争いと口にすると怒られるが、そうとしか思えない。
残念なことに、楪は京都校在籍時から階級が特級だったために交流会には一度も参加したことがないが、付き添いをしたことはあるので何をするかは知っている。
今年は東京校は釘崎達、京都校からは東堂達だろう。
年に数度の学生が頑張る日に、『護衛を殺してほしい』ときた。

何軽く人殺し依頼してんだよ。殺すぞ、とはよく心では思うがそういう趣味はない。
しかし興味をひかれた。学生の頑張りよりも余程そのショートメッセージに。悪戯でも別に構わなかった。夏油に会えるならもう一回ぐらいあっておきたいなと思ったし、会えないならそれはそれで良かった。信じるとか信じないとかはなかった。
『いいよ』と軽く返して、それ以降連絡は無かった。楪も特に何もしなかった。

交流会の日、元々楪は東京高専に来るように言われていた。だから言われた通り高専に行ったし、元々の仕事だった倉庫への呪具入れに向かった。
その道中でたまたま護衛の二人がいたので、眠ってもらっただけだ。
大切なことなのでいっておくが殺していない。めちゃくちゃ手加減して眠らせたので殺してはいない。楪にそういう趣味はない。
天元の術は隠すことに特化していて守るものではないので、アクシデント一つなかった。
何か特別なことをわざわざしなくても、夏油の頼みをきくのは容易い。

護衛二人を適当に隅へと追いやり、楪は待った。今日は先日釘崎と買い物に出掛けた時に買ったノーカラーのシャツを着ている。ボタンがつや消しのブラックなのが気に入った。サルエルに、お気に入りのブランドのスニーカー。そしてお馴染みの黒のマスク。
今日はメンズ寄りの服装をしているのできちんと男に見えるはずだ。後で冥冥に見せに行こうかなと、スマホを取り出した。しかしトーク画面を出したところで手が止まる。

夏油が来た。

「お久しぶりです、楪さん。お元気でしたか?『記憶』にある姿と全く変わりませんね」

夏油の袈裟姿に、胡散臭すぎる宗教家ができてしまったと戦慄いだ。特級呪術師は総じて胡散臭すぎる、目元を布で覆った男が脳内で両手ピースをしていた。
夏油を見て、そして隣の見たことのない特級呪霊を見た。
夏油が調伏した呪霊、というわけではなさそうだ。気配が全く別物。

「あれ、殺してないんですか?まぁいいですけど」

片隅に転がった人間に夏油は肩を竦めて、しかし夏油の願いを叶えた楪に満足そうに笑った。
向こうのお眼鏡には叶ったらしい。

「楪さん、一緒に来ませんか?」

差し出された掌を一瞥する。楪の手とは違う、無骨で厚い男の手だ。
ついマスクの下で笑ってしまう。

なんて生気がない手だろう。
よく呪術師である楪の前に姿を見せられたものだ。

中身が夏油傑ではないと一目見て分かった。
あの時聞いた通り、やっぱり死んだんだなと急速に熱が冷めた。
何だ、つまらない。夏油ならいいかなと、頼まれるままに護衛を眠らせたが別人だった。遺憾の意。
死体を扱う趣味の悪い遊びなら付き合う気はない、殺そうか。

「楪さんの天与呪縛も寿命も、この横にいる真人なら解決できますよ」

殺そうと思ったが、ふと興味が湧く。

コレを見た五条悟は、どうなるんだろうか。
怒るんだろうか、泣くんだろうか。

笑うんだろうか。




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