チャイナシャツ着てるから中華、ラーメンね。
なんて言われラーメン屋に連れてこられた。楪のチャイナシャツは流行に乗ってるだけで、ラーメンが食べたい意思表示ではない。
しかし別に何でもいいのは確かだったので、大人しく引き摺られるままにラーメン屋に来ていた。

「じゃあ楪は僕と同じ味噌ラーメンね。あ、お姉さん小皿貰えます?」

隣に座ると楪のメニューまで勝手に決めた五条は、手早く調理し楪の前に配膳されたラーメンを横取る。
小皿に麺だけを取り、幼子にするようにふーふーと吹いて冷ました。

「うん、これぐらいなら大丈夫かな。はい、楪」

そして取り分けて冷ました小皿を楪に差し出す。楪はマスクを顎に下げて、それを受け取った。
前に座っている生徒たちからドン引きの気配を感じる。

「うわ…メニューも決めるし…ふーって…男が男に…三十代が…」
「えーと、子供みたいだな」

麺を啜ることができない楪は箸でちまちまと掬って口に運ぶ。麺は久し振りに口にしたけれど、相変わらずぐにぐにしていた。

「ん?ああ、天与呪縛だよ。楪の天与呪縛は、喋れないことだけじゃなくてさ、味覚がないんだよ」
「え」
「じゃあさっきサプリメントとか、シリアルバーばっかりっていってたのは、…味が分からないから…?」
「そうそう。何食べても分からないから、でも食べないわけにも行かなくてそれ食べてるんだってさ」

おそらく冷めたのであろう具材を、横から五条が皿に移してくれる。匂いを嗅いで、箸で摘んで口に運ぶが、シャキシャキとか、ぐにぐには分かるけれど、味というものは分からない。

「あと痛覚もないね」
「ええ…」
「装甲車並みにそりゃ外側は丈夫だけどさ、口内は丈夫とかないから。熱いものを食べて火傷しても、熱さは分かっても痛みがを感じないから、前それで口の中血まみれにしたことがあってね。それからこうするようにしてるんだ」
「ひぇ」
「恵たちも楪と食事に行くときは気をつけてやって。味が分からないからメニュー選べないし、極端に熱すぎたり冷たすぎるのは口内傷付けるからダメ」
「はぁ…天与呪縛って大変なのね」

大変じゃない天与呪縛の奴なんていないと思う。
塩分のせいだろうか、喉が乾く。楪は手を止めて、水の入ったグラスに口を付けた。
それでも此処まで甲斐甲斐しく世話するのは五条だけだ。口内出血事件以降、楪は自分で気をつけるようにしているので同じ目にあったことはない。

「ハハ、驚くのはまだはやい。楪の天与呪縛はまだあるよ」
「まだあんの!?」
「味覚なくて痛覚なくて喋れないってもう充分だろ…」
「人間には三大欲求ってあるでしょ。睡眠欲食欲性欲、それら全てない」
「え、寝なくていいし、食べなくていいってこと?せい」
「おい私は女子だぞ、乙女だぞ」
「ごめんって」
「ううん、そうじゃない。人間だからそれぞれ必要なんだ。だけど欲がないから必要としてることに気が付けなくてね、肉体の限界がきてプツンと倒れる」
「うげぇ…きっつ……」

そんなこともあったなと楪は他人事のように思った。それについても学んだので今はアラーム管理で意図的に食事と睡眠をとる生活している。性欲は元々ない。

「それにね。……楪は、左目が見えてないんだよ」

左側の前髪を持ち上げられた。見えていないのは焦点があわないので分かりやすいだろう。しかし別に目が見えないぐらい大した話ではない。生まれてからずっと片目の生活なので、不自由だと思ったこともなかった。しかし天与呪縛の多さに、流石に虎杖達は痛々しそうな表情を浮かべている。

「………天与呪縛って、奪うこと自体に制限はねーの?」
「無いね。いくらでも奪って行く、そして勝手に与える。それが天与呪縛」

そう、それが天与呪縛だ。欲しくないと喚いたって、人間の願いなんて天はきかない。

ある程度食べて、もう麺の食感に飽きた。楪はマスクを顎から引き上げると、もういらないと残りをどぼどぼと五条の皿に遠慮なく入れる。抗議の声が聞こえたが知らん。

「あーもう……仕方ないなぁ。……あ、そうだ。野薔薇は買い物好きでしょ?楪も給料の殆ど服代に使ってるから良かったら一緒に買い物でもいってやって」
「マジか!好きなブランドは!?」

身を乗り出す釘崎に楪はポケットから取り出したスマホに文章を書く。五条がおかしいだけで通常人と話すときは楪はスマホの画面をみせて会話している。そう、スマホなしで会話してくる五条はおかしい。

「フリックはっや!!!」

鍛えられたフリック入力のはやさにより会話に苦労したことはない。
喋る釘崎とそう間をおかずに会話を続け、お互いに好きなブランドや系統が似ていることがわかって、トークアプリのIDを交換する。

「遊んでやってって…、楪さんの方が五条先生より年上じゃ無いんですか」
「まぁそうなんだけどさ。楪は生きてること自体がぜーんぜん楽しくないみたいでさ。まぁそれだけ奪われたものが多いんだけどね。だからちょっとでも楽しい時間を作って頑張って生きてもらおうってわけ」
「あー……」
「だから恵も、悠仁も、楪のことドンドン引っ張っていって」
「……珍しいですね、五条先生がそんなこと言うの。教え子でも無いですし」

今日は予定外に時間が潰れてしまったが、早速空いている日にちを告げて、買い物の予定を組む。一回り以上も年下の女の子と二人で出かけたなんて同級生の彼女に知られたら何と言われるか分からないが、彼女が東京に住んでいないので一緒に出掛けられないのが悪い、ということにした。

「そりゃまぁ楪は強いし、特級同士のよしみだしなー」

そんなに仲良かった記憶は無いし、楪も同級生と同じく五条が好きでは無いのだが、この点において伝わったことがない。伝わっていないのか無視されているのかは謎だ。

「何より、僕の親友をかってくれたからね」

そういえば。
五条の言葉に、朝来ていたショートメッセージに返信することを忘れていたのを楪は思い出した。





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