ぐしゃっとなった呪霊の破片を足で踏みつける。
トドメでも何でもなく、単なる腹いせだ。だってこいつもう存在すらしてないし。
そして丁度向かいにあった商業ビルの磨き上げられたガラスの反射を利用して、楪は自身の身なりを改めて確認した。映っているのはボーイッシュな女の子にしか見えない楪自身だ。黒いマスクをしているからより女の子にしか見えないかもしれない。
今年流行のチャイナシャツに、黒のタイトスキニー、足元は有名ブランドのスニーカー。

大丈夫、今日もイケてる。

先ほど全然知らない男に声をかけられて無視し続けたら、「大して可愛くもないくせに調子に乗ってんじゃねーぞ」と言われてしまった。
可愛いの尺度は人それぞれでそれを否定するつもりはないが、楪は楪自身を可愛いと思っているので、普通にムカついた。
そこで「ちょっとお兄さん」と和睦のためにその肩を掴んでも良かったが、イラついていたので殺してしまわない自信がなかった。肩を掴むだけだが、掴んだ拍子にどうなるか保証ができない。なんで人間、すぐ死んでしまうん。
そもそも男だよと言ってやりたいが、懇切丁寧に説明する義理もない。

そんな感じにちょっぴりオコだった楪は、そう遠くない場所で呪霊の気配を感じて文字通りそこに飛んだ。
だってイライラしてたから。その一言につきる。冥冥には一銭の金にもならないのによくやる、と呆れられるが、楪からすれば貴重なストレス発散方法だ。ただ力を込めすぎると街を余裕で沈めてしまうので我慢しなければならない。

いやそれにしても弱すぎる。呪霊になったのであればもっと頑張って欲しい。

「呪術師、か?」
「今の何!?」
「一発殴っただけ、だよな…!?」

声が聞こえてきて楪はそちらへ顔を向けた。
そういえば、人間がいた気がする。飛んできてそのままの勢いで呪霊を殴ったときに、チラリと見えたような。
全く考慮していなかったので人間を巻き込まなかったのはラッキーとしかいえない。

男が二人に、女が一人。制服っぽいのを着ている。学生かもしれないし、コスプレかもしれないし、趣味かもしれない。
趣味趣向はともかく呪霊を吹っ飛ばしてぶっ殺……除霊したところを間違いなく見られてしまった。面倒臭いが事後処理のために呪術界に報告すべきだろうか。空を見上げる。あれ、でも帳降りてるな?窓がいるのか。

楪はもう一度三人を見た。驚いた顔をしている。
よく見れば制服はボロボロだった。いや、元々ボロボロだったか、そういうデザインもあり得る。この呪霊でボロボロになったとは限らないよな弱かったし、と柊は自分が規格外であることを棚に上げた。

女の手には物騒な釘。黒髪の男の足元に式神。そして呪物の気配がするヘンテコな制服の男。

いくら楪が他人に興味がないといってもこれには無理がある。
特に呪物の気配の男。かなり強い呪物が憑いている。

え、これ殺していいやつ?だめなやつ?
帳が降りてるってことは窓がいて、窓がいるってことは呪術師がいるわけで。
そういえばこの三人は呪霊と戦っていたような…?
あー分かんない。楪は被りをふった。
頭使いたくないし、分からないことは考えても仕方がない、手っ取り早く、手遅れを叱られる前に殺すか。

手をぎゅっと握ったところで、呑気な声が背後からした。

「あれー、楪じゃないかー!」

解散。

楪はその場から直ぐに立ち去ろうとしたが、残念なことに向こうは楪よりもはやい『六眼』『無下限』だ。
楪が動く前に肩に腕を回されて拘束される。浮きかけた足をぐっと地面に縫い付けられた。

「楪?…楪ちゃーん??聞こえてるのに無視してない???」

ウンザリし、楪は可愛い顔を歪めた。うるせーな。
わざわざ顔を確認しなくたって分かる、五条悟だ。
いつからか両目を黒い布で隠し始めた完全不審者。向こうがどう思っているかは知らないが、楪は不審者の接触お断りだ。
そんな楪とは裏腹に五条はぎゅっと楪の肩を引き寄せた。

「うちの生徒助けてくれたんだね、ありがとう」

うちの生徒、それが目の前でぽかんとしてる三人のことだと思い至った。
成る程、言われて見れば東京高専の制服はこんなだったような気がする。楪は現在東京に住んでいるが京都出身のため東京高専の制服はあまり記憶になかった。

「今年入学した高専の一年生だよ。僕のかわいい生徒たち」

それは気の毒だ…。楪の同情に気が付かずぺらぺらと喋り続ける五条。

「伏黒恵、釘崎野薔薇。で、噂の虎杖悠仁………え!前に話したよ、両面宿儺の器だって。うわーまた聞き流してたでしょ」

指差しで生徒の名前を教えられたが全く頭に入ってこなかった。覚える気がないともいう。
噂の、といわれて何か噂あったかなと、虎杖をみた。やたら呪物の気配の濃い知らん男だな、としか思わない。
そんな楪の様子に五条が呆れた声を漏らす。声がデケぇな。

「楪、両面宿儺のことちゃんと分かってる?いや、ワンパンすればそりゃ他のと変わらないだろけどね?もうちょっと興味持とうよ」

知らねーよ、全部殴ればそれで解決だろ。
そんな両面テープみたいな「両面宿儺ね、楪」……両面なんちゃらのことより、楪は今日ナンパ男に大して可愛くないと言われたことの方が重要だった。思い出しても腹がたつ。探し出してすれ違いざまにたまたま起きた風圧でうっかり吹き飛ばしてうっかり殺……怪我させてやろうか。事故なら仕方ないよね?

「え、そんなことあったの?それはナンパ男の見る目がない。今日も楪は可愛いし、そのチャイナシャツもとっても似合ってる」

楪はマスクの下でにっこり笑った。当然だ、楪が自分に似合うと思って購入したのだから、似合わないわけがない。やはり自分は可愛いのだなとすっかり楪は機嫌が直った。

「でも僕はこの間のオーバーサイズのパーカーの方が好きだな!あ、またー、そうやって僕の趣味なんて聞いてないみたいな顔してー、傷付くなぁ」
「先生、そいつ誰?」
「おっとそうだった」

五条悟の趣味なんて聞いてないし、全く傷ついてない声音でよく言う。機嫌取りだけしとけと言いたかったが、放置されていた生徒が流石に話に加わってきた。後は学校にでも戻って続きをどうぞとしたいが、五条の腕が全然外れない。無理やり外してもいいが、こいつの腕を生涯使えなくしようものなら呪術界上層部に何を言われるか分からないし、こいつの腕を木っ端微塵にするのは骨が折れそうだし、単純にこいつに触りたくないし。

「特級呪術師の楪だよ」
「え!?特級!!!」
「ユズリハ…?」

三人の前にずずいと押し出されて、楪は目を瞬かせた。
「全然特級っぽくない!」という虎杖に、特級っぽさって何よと思ったが、背後の五条の目元を見て、あっ察し、となった。
伏黒は楪の名を知っていようで、驚いた表情を浮かべている。

「制服着てないけど他の学校の生徒なのか?」
「!アハハ!!!」

うるせぇ。虎杖の問いに、五条が爆笑した。楪が耳を抑えると、後ろから肩を両手で叩かれる。

「いやーそうだよね、そうだった。楪のこと知らない呪術師の方が少ないから忘れてた」

五条が頭上で面白そうに言う。楪で遊ぶのはやめろと睨みつけても、五条はどこ吹く風だった。なんでこう言う時だけ会話しようとしないんだ。

「五条先生、もしかして」
「そう。恵には前に話したけど、楪は成人してるし、何なら僕より年上」
「え!」
「おまけに男」
「は!!!????」

一番反応したのは釘崎だった。
正面に来ると楪の肩をがっと掴んできた。勢いにびっくりしたし、普通なら体勢が崩れていたかもしれない勢いだったが、楪は巨木と同じなので微動だにしない。

「こ、これが三十歳!?性別男!!???」

釘崎の驚愕の声が周囲に響いた。
そこを突かれるとちょっとリアルで気まずくなる。楪は年相応というのが苦手だ。

「この人が、噂の……それであの強さ、なんですね」
「そうそう、ワンパンゴリラ」
「は?いや、ゴリラって。むしろ儚いし。風で倒れそうだし。……てか、普通に今の失礼だろ」
「そうなんだけどさ。それ以外に伝えようがないんだよ、楪の強さは。僕ですら笑っちゃうぐらい楪は強いよ」

お前笑ってないことあったか?楪をワンパンゴリラと称した五条はうさんくさい笑みを浮かべている。
ワンパンゴリラと呼ばれていることは楪も知っているので今更何も言わないが、伏黒は聞いたことがあったらしく興味深そうに、失礼だと真っ当なことを言った虎杖はピンときていない様子で楪を見る。

「楪なら宿儺の指の二、三本…五本六本、七本八本、余裕でワンパンでいけるよね?」

さっき三人が苦戦していた呪霊を思い出してもらえれば楪の強さの理解は早いと思うが、流石にそれは盛りすぎだ。虎杖の中に入っているものが増えたら手に負えない。二本指を立てて抗議したところ、五条により無理やりもうニ本立てられ四本にさせられた。本人の申告を捻じ曲げてくるってなんなの、この攻防いる?

「ガワも装甲車並みに頑丈で丈夫なんだよ」
「すっげー!先生とならどっちが強い?」
「それは僕」

六眼と無下限に勝てる奴なんていないだろ。五条が学生時代、まだ無下限や反転術式を使いこなしていない時であればボコれてたけど、今は無理だ。若干腹立たしいが、五条の事が割とマジで嫌いな同級生なんて一発も入れられないし、それを思えばまだ腹いせができる楪はマシだ。

「ただ、楪が術式を使うようになれば話は変わるかもしれないけどね」

うるせーほっとけ。少し責めるような事を言ってくるのではいはいと流す。物理で殴れば万事オッケーなのに、頭使う必要あるのか。楪は自分の強さを知っている、力こそ全てである。

「……さっきから五条先生が全部喋ってるけど、寡黙なの?」
「ああ、そうじゃなくて」

違和感に気がついた釘崎が首を傾げた。
楪は身をよじって肩に置かれていた釘崎の手から逃れる。なるべく触れないようにするというのは難しい。五条相手であれば無理やり外していたが、それ以外にすると殺し…怪我をさせてしまうから。

「……天与呪縛」
「そうそう。恵の言う通りこれは天与呪縛、楪は喋ることができないんだ」
「え!?」

虎杖の今日何度目かの驚いた声が響いた。
そろそろもう帰ってもいいよなと、楪がその場から立ち去ろうとするが、五条がガシッと楪の腕を掴んだ。
さっきから離脱しようとするたびに何なんだよ。そろそろ買い物に行かせてくれよ、買い物をするために外出したのだから。

「よし、楪も一緒にご飯に行こう!どうせまたビタミン剤とかシリアルバーしか食べてないんでしょ」

良いも悪いも言ってないのに、五条がズルズルと楪を引きずり歩き出す。食事は栄養さえ取れれば何だって良いわけだが、それを言うと「なら一緒に食べたって良いよね」と言われてしまう。五条はああ言えばこう言う名手だ。

「偶には後輩たちと親睦を深めよう、奢ってあげるからさ」

五条に奢られなくても金ならある。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -