五条






※幼少期、五条と初めて会った時の話と、高専入学について










今日もまたお見合いだと言われた。逆にお見合いがないと言われる日の方が少ない。
柊は物心ついたときからお見合いばかりしている。日常のルーティンのようなものだ。
ピンときた人がいたら直ぐに教えなさいと言われて、何人もの老若男女とあった。
誰も彼も、似たような人ばかりで。貼り付けたような笑みだなと子供ながらにぼんやり思った。
褒められているはずなのに、全く心に響かない言葉は、お世辞というやつらしい。

皆、柊に子供を産んで欲しいらしい。
まだ子供の柊に子供を産めと言われても全く想像がつかないが、産むらしい。
そんなに子供が欲しいのかと柊はみんな必死なんだなと思った。

柊の母親は、柊を産んで死んだ。
父親は柊を嫌っているわけではないが、入り婿なので特異体質の柊の扱いに困っているのだ。
柊の家系は呪術師の家系だが、体質どころか、呪力を持って産まれる方が珍しかった。
その証拠に双子の実姉は、どちらも非術者だ。

柊の特異体質は呪術師のいない四方田家にとっては厄介なものだった。
幼く特異体質の柊を、害するものが現れたときに、守れるものがいないからだ。
だから父親は柊を守るためにも、はやく柊のパートナーとなる術者を見つけたがった。

柊は幼いながらにもそれはもちろん承知していた。
はやく好いた相手を見つけなければいけないこと、この家の安全のため家から出て行った方がいいこと。

しかし好きな相手を作れと言われても、好きというものがそもそも何なのか分からない。愛とか恋とか何なんだよと思わずにはいられない。
子供でも分かる恋愛ものを一生懸命見たり読んだりしているが、さっぱりだ。
図鑑でも読んでいる方がよっぽど面白い。

おまけに好いた相手でないといけないなんて最悪な体質だ。
適当なところで妥協したいがそれもできない、だって子供という物証が生まれるわけだし。
もう誰だって良いよと荒みたいがそれが出来ないもどかしさ。
このまま好きな相手なんて出来ないんじゃないかと、うっすら思っていた。

しかし、その時はきた。

「紹介致します。うちの息子の、柊です。柊、ご挨拶を」
「……」
「柊?どうした?」

柊はいつも和装をしているので、お見合いの時も和装だ。
お見合い用の着物へと着替えて、客間へと向かう。
いつもと同じように頭を下げて挨拶をしようとして、相手を見て固まってしまった。

綺麗な空色の瞳の、背の高い若い男の人だった。
男であることに驚いたわけではない、今までのお見合いの中には男も多かった。というか呪術界では男の割合が多いので必然的に男が多かった、そこに偏見はない。
ただ、その男が今までと違うのだけは直ぐに感じた。

向こうも何かに驚いたようで、先程まで面倒臭さそうに庭を見ていたのに、柊を視界に入れると驚いたように目を見開いていた。まぁ向こうが驚いていたのは想像以上のガキが現れたからだろうけども。

「………よもだ、ひいらぎと、もうします。ごじょうさま、ほんじつは、おあいできて、こうえいです」

父親に背を押されて、柊は慌てて頭を下げた。
そう、男の名は確か五条と言っていた。呪術界のことはさっぱり分からないが、有名な人だと言っていた気がする。
頭を下げた柊の目の前に、誰かが歩み寄ってくる。柊、と知らぬ声に名を呼ばれた。
顔を上げる前に、両脇に腕を差し込まれて抱えあげられる。

「柊。悟って呼んで」
「……さとる、さん」

柊を片腕に抱き上げたのは、空色の瞳の、五条悟だった。
かなり背が高いようで視界が高い。
それ以上に、綺麗な空色を間近で見られて、柊は自分が五条に見惚れているのを感じた。

「これからよろしくね、柊」

そう言われて反射的にこくりと頷く。
柊の長かったお見合い生活が終わり、未来が決まった瞬間だった。




* * *




柊は相手が決まれば直ぐに家を出ると思っていた。
しかし五条が、五条家に柊が来ることに渋い顔をしたので、その話は直ぐにたち消えた。五条が六眼と無下限という何だかすごいのに恵まれており何処にいても駆けつけられるかららしい。
五条家に来なくて良いと言われたときに柊は悟った。
つまり嫁は別に取るのか、と。

別にそこに怒りも悲しみもなかった。ただその嫁の姿は見たくないと、それだけは思った。

実家で生活をする柊の元へ、それから何年も足繁く五条は顔を出してくれる。律儀だ。子供を成すには柊が好きでさえいれば良いので、五条が柊を大切にしたり、ましてや顔を見せに来る必要もないのに。
今日も今日とて五条は土産片手に訪ねてきた。生クリームがたっぷり間に詰まったロールケーキは見ているだけで胸焼けがする。

「俺が入学、ですか」
「そう。呪術高専に」

せめてこの生クリームだけでも剥いでしまいたいが、そんな行儀の悪いことはできないし、五条に幻滅されたくない。何で甘いものが好きではなくなってしまったのだろう。好きだった頃に戻りたい。
この生クリームどうしたものかと切り分けられたロールケーキを眺めていると、食べたいのを我慢していると勘違いされて、食べて良いよと促されてしまう。違う、食べたいわけじゃない。
ロールケーキから五条へと視線を移す。

「でも」
「ご当主である君のお父さんには既に話は通してあるよ。勿論お姉さんたちにもね。いや本当にご当主以上に手強かった……、怖かった……」
「姉がご迷惑をかけたみたいですみません」
「柊が大切にされてるのが実感できて良かったけどね」

家族仲は悪くない。上の双子の姉とは年が離れており、既に二人とも結婚している。
姉達は父親がげっそりするほどのお転婆で、そして年の離れた弟の柊をとても大切にしてくれていた。そのため、五条へどんな対応をしているのか想像できなくもなかった。元々姉達は柊のお見合いにも激怒していたのだから、婚約者の存在など火に油を注いでいるようなものだ。

「高専に入学するの嫌?」
「いえ、その、実感が湧かなくて……なにせ学校に行くことも初めてですし、高専は全寮制なんですよね?自分のことを自分でするというのも初めてですし…」
「僕が全部教えてあげるから大丈夫。寮生活も、学生の楽しみ方も」

柊は学校に通っていない。本来は義務教育とやらで小学校や中学校に行くべきなのだが、そんな事よりこの身体の方が大切とのことで。勉強は専属の家庭教師をつけられている。五条は自分が教えると言っていたが、多忙な人間にそんなことをさせるわけにはいかないと、必死に止めた日が懐かしい。
偶に五条が誘ってくれて外に出かけることもあるが、全く外での生活が想像できない。ネットや本、漫画アニメで知識だけはあるけれど、いざ自分がとなると、ピンとこなくてクエスチョンマークしか浮かばない。

「悟さんが先生をされているんですよね?」
「そうだよー、今年の一年生が担当だから、柊の担任ってわけ」
「それは確かに安心ですが、…マズイのでは?」
「普通の学校だったらマズイだろうけど、そこは呪術高専だから。僕の一声で、ね」

教え子との恋愛は禁断らしい。よくニュースでも教師が逮捕されている。
五条の迷惑になることはしたくないが、呪術界の専門学校なのである程度融通はきくのだろう。五条は有名人だ。

「本当は寮も同じ部屋にしたかったんだけど」
「それは絶対にアウトです」
「流石に夜蛾…校長先生に止められちゃって」
「当たり前です」

校長先生がOKだと言っても柊がOKではない。五条と同じ部屋で寝起きなんて心臓が持たないから止めてほしい。寝起きに五条悟?寝る前に五条悟?勘弁しろください。
同じ部屋だと言われたら、自室に引きこもって盛大な駄々をこねないといけないところだった。

「この家にいるより呪術高専の方がセキュリティ的にも安心だしさ」
「……そうですね」

実家の話をされると、柊も頷かざるを得ない。実家への負担は確かに減るだろうし、柊も以前は家を出ることを考えていたので、家を出ることに抵抗があるわけでもない。
五条が柊へと手を伸ばしてぐっと引き寄せる。座敷なので簡単にその腕の中に閉じ込められた。

「僕としても柊が高専にいてくれたらいつでも会えるから嬉しいし」

五条の膝の間に座り、背中から抱き締められる。すっぽりと包まれるたびに安心すると同時に、動揺しすぎて現実逃避に、この人相変わらず背が高いな等と考えてしまう。

「それに恵も今年入学だから同級生になるよ」
「恵くんも?」
「え、入学の話ししてから一番の好感触なんだけど。なんかイヤだ……恵ずるい……」

伏黒の名前につい声が弾んでしまう。家から出ない柊にとって、伏黒は唯一の友人だ。喜ばないわけがない。
生真面目で面倒見のいい伏黒がいるなら、寮生活や学校生活でも希望が持てる。入学の話は五条に迷惑をかけたくないので手放しに喜べなかったのだが、柊にとって伏黒の入学は朗報だ。

「他にもいるんですか?」
「あと女子が一人決まってるよ。家庭の都合で入学は少し遅れるけどね」
「女の子…」
「ちょっと楽しみになってきた?」
「はい。同い年の子、お友達になりたいです」

まだ見ぬ同級生に胸が高鳴らないわけがない。百人も友達はいらないけれど、せめて一生を通して片手ぐらいはと夢見ていた。二本目の指を折れる日が近づいてきている。

「友達もいいけど、僕のこともちゃんと構ってよ」

嬉しくて急に上機嫌になった柊に、五条が複雑そうな声を漏らす。それに、柊はきょとんとして、そして目を閉じて小さく笑った。
腹に回された五条の手の甲に、掌を重ねて、少しだけ五条の胸に背を預ける。あたたかい。

「ーーーどこにいっても、悟さんが、俺のいちばんです」




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