五条 ※高専入学後、五条とお茶 うわぁ、砂糖がジャリジャリついてる。 開封して一番に思ったのはそれだった。 柊は甘いものが好きではない。食べられないことは無いが、甘いものは苦痛だった時間とイコールになってしまい、味をうまく感じられないからだ。 しかし今日も今日とて甘いものは避けられない、いや避けないようにしている。 「どうかした?」 背後からかけられた声にはっとして、柊はゆるく首を振った。 外袋から出して大皿に盛り付ける。見た目は綺麗だと思う。これを食べると思うと憂鬱な気持ちになるが、好きな人の好きなものだと思えば、少しは気が紛れた。 「いえ、初めて見るので珍しくて」 「それ新潟の銘菓で…って敬語はなるべく使わないって約束」 「すみません」 「悠仁も敬語使ってないんだし、柊も別にいいのに」 「分別は大切だと恵くんが」 「恵め、余計なこと吹き込むんだから」 用意していた小皿と紅茶とともお菓子をトレーに乗せて、ソファーに座る婚約者である五条悟の元へ向かう。 勿論紅茶には既に砂糖を落としているが、さらに追加する時用に、角砂糖も抜かりはない。 ローテーブルにお菓子を置いて、紅茶の入ったカップを差し出した。 「多分大丈夫だと思うけど、渋かったり薄かったらごめんなさい」 「だいじょうぶだいじょーぶ、そんなこと言って柊のお茶が美味しくなかったことがないから」 「それはどうも」 トレーをテーブルの片隅に置き、へらへらと笑っている五条悟の隣へと腰を下ろした。 五条が紅茶を一口呑む。その動作をじっと見つめて様子を伺うと、五条が安心させるように空いた手で柊の頭をくしゃりと撫でた。 「うん、美味しい。柊もお茶入れが板についたね」 「ありがとうございます。実家にいるとしないので高専にいると色々試せて楽しいですね」 「柊のお家、お金持ちだもんねー」 「そうなんですかね?」 「普通お手伝いさんもSPもいないよ」 「そうですか」 柊は自分用の紅茶に口をつける。自己評価は、及第点だ。特別美味しいわけではなくて、五条に気を使わせたことに内心沈んだ。 それを表に出さずに、小皿に菓子を取り分けて、五条へと差し出した。 「うちは術者の家系ですが、あまり術者自体が生まれないので、商いをしていかないと生計が立ちませんからね。裕福に見えるのであれば商いがうまくいっている証拠です」 「うーん育ちの良さが滲み出る」 「?」 五条があーんと言って口を開くので、柊は請われるままに、一口大に切ってから頭上の口に入れてやった。母鳥の気持ちだ。相手にしているのは随分と大きな雛だが。 美味しいから柊も食べなよと言われ、柊も頷いて、なるべく不自然じゃない程度に小さく切って口へと運んだ。ジャリっとした砂糖の食感が、砂かと思った。 「高専は楽しい?」 「はい、とっても。虎杖くん釘崎さん恵くん、三人とも一緒にいて楽しいです」 「先生は五条悟だし?」 「そうですね、悟さんの先生姿を見れるのも楽しみの一つです」 普段から五条のことは格好良いと思っている。しかし、教師姿はまた格別だ。黒板に板書する姿も、教科書を読み上げる姿も、虎杖達に教える姿も、全部格好良いと入学してからずっと思っている。 隠す必要もないのでその光景が見れる幸せを噛み締めて笑みを零すと、五条が額に手を当てて天を仰いだ。 「大丈夫ですか?」 「あーうん今尊さを感じてるから待って」 「?」 五条は偶にこうなる。その時は大人しく待つことにしている柊は、これ幸いと菓子をテーブルに戻して自分のカップに口をつけ、口内の甘さを取り除いた。本当はコーヒーが飲みたいところだが、甘いものが好きではないことを五条に隠している手前、ブラックコーヒーを飲むのは憚られる。甘いものに耐えきれなくなる前に、甘いものが得意にならないだろうか。 そんな事を現実逃避のように考えていると、五条がゴロリと柊の膝に頭を乗せて横になった。 慌ててカップが邪魔にならないようにテーブルへ置く。五条はいつもしている目隠しを首に下げた。 柊の大好きな、綺麗な空色が露わになって、つい嬉しくて目を細めてしまう。 「料理最近始めたって硝子に聞いたけど」 「あ、は、はい」 隠していたわけではないが、告げていなかった事なので多少気まずくなった。高専内であれば自由に過ごせるため、実家にいる時より出来ることの幅が広がった。その中で料理というのを最近初めてみたが、本当にまだ初歩だ。何せ、米を炊くどころか、電子レンジすら触ったことがないのだから。 自慢にならない話だが、柊は自分の身の回りのことすら全くできなかった。いや高専に入る上で事前に学んだこともあったが、お茶すら入れられなかった。これは柊が不器用だとか家事が苦手だとか面倒だとかは関係なく、単純にする必要がなかったせいだ。 五条が言っていた通り、柊の家にはお手伝いさんが何人もおり、全てやってくれるので必要が無かった。自分でするという発想すら無かった。 高専に来てからは自分のことは自分でしたいと、色々手をつけ始めた。洗濯の仕方も知らなかったので、五条や幼馴染で同級生の伏黒に教えてもらいながら、ひとつひとつ覚えていった。高校生にもなって恥ずかしい話、なのだろう。 けれど五条は教えることが嬉しそうだし、伏黒もこれから覚えていけば良いんじゃないかと言うので、柊はそれに甘えた。 「僕は柊の口から料理始めた話を聞きたかったなぁ」 「いえ、その、まだ初歩の初歩で、話せるようなこともなくて…」 「柊の作ったものが食べたい」 「いや今初歩だって言いましたよね?」 「柊の!作ったものが!食べたい!」 「まだダメです!」 力強く五条が言うのでつい釣られて柊も力強く否定しまう。好きな人には美味しいものを食べて欲しい。まして五条は多忙だ、甘いもので癒されているところをみるに、食は大切だろう。それを柊の手料理のせいで台無しになんてことになったら、柊は再起不能になる自信がある。 「もっと自分が納得できるぐらいの料理になるまで待っててください」 「ぶー…失敗してもいいのに。焦がしちゃった、とかしょんぼりする柊を見たいのに」 「焦がしたことは一度もないです」 「もーこの口はー……上手くできなくてもいいから柊の作ったものが食べたいってことだよー」 「いひゃいれす」 五条が下から両手を伸ばして柊の頬を左右に引っ張っる。手加減されているので痛くは無いが喋りづらい。 柊が眉間に皺を寄せると、五条はパッと手を離した。 「味見とかは他の人にさせないで」 「え、それだと美味しいのかどうか客観的評価が」 「僕がする」 「美味しくできるようになってからしか嫌です」 「僕も、他の人間が僕より先に柊の作ったものを食べるのは嫌だ」 柊はきょとんとして、そして気まずそうに目を泳がせる。五条のその言葉に至る思い当たる一件があった。 「………お茶の件、根に持ってます?」 「どうかなー」 五条がにやにやしながら下から柊を見上げてくる。 柊はお茶入れをしたことがなかった。実家にいた時は五条が訪ねてくる形だったのでお手伝いさんがお茶をいれてくれており、高専にきてから二人でお茶をするとなると必然的に五条がやるしかなかった。初回でそれが嫌だと思った柊は直ぐにお茶入れを覚えたわけだが、その練習相手は専ら伏黒で。 美味しくお茶を淹れられるようになってから五条に披露したが、五条としては柊の茶をずっと伏黒が呑んでいたことに納得がいかなかったようでイジケられた。大人気無いと伏黒に冷たい目を寄越されていたが、暫くイジケ続けた。 その一件を思い出して、またイジケられては堪らないと、柊は観念した。 「美味しくなくて、炭の味がしても知りませんからね」 「焦がしたことないってさっき言ってた」 五条お得意の揚げ足取りだ。柊は口では五条に勝てない。口以外でも勝てないのだけれど。 柊は悔しくて顔を両手で覆った。 「もう!もう!」 「牛のマネ、かわいいね」 「悟さんのばか!!!」 柊が喚くと、五条は可笑しそうに笑い声を漏らした。 柊の世界の中心は、五条と出会った時から五条が中心なので、五条が望めば折れるしかない。 惚れたら負けとはよく言ったもので。 柊は家入に口止めをしなかったことを悔いた。 |