スローモーションのようだった。起こったことは一瞬の出来事なのに、その瞬間を何秒にも感じる。傾くのに何秒もかかって、そして瞬く間にバタンと倒れた。

「ッ」
「櫟さん!?」

慌てて恵と津美紀は櫟へ駆け寄る。櫟が真っ青な顔をして気を失っていた。

逃げ惑っていた恵は回収され、アレをあっさりと祓った櫟と家に戻ってきた。既に家にいた津美紀は酷く恵を心配していて、櫟が落ち着かせた後だった。
晩御飯を作ろうか、そう言って立ち上がった櫟の体が傾いて動かなくなり。
ぞわっとして、頭の後ろから血の気が引く感じがした。

「ど、どうしたら…!!!」

津美紀が狼狽して櫟の名を呼ぶ。恵も櫟を揺さぶるが、目を開けるどころか意識を取り戻す様子もない。今は呼吸はしているようだが、何故倒れたかも分からない二人を呼吸が止まるかもしれないという恐怖が襲う。櫟が、死んでしまうかもしれない。

「大人を!きゅ、救急車!?いや兎に角大人!!」
「五条さん!五条さんを呼んだ方が…!」
「そ、そうだね!」

頼れる人間など恵たちには殆どない。何処かに駆け出そうとする津美紀を引き止めて、五条を呼ぼうと告げる。そこら辺の一般人に頼ってもいいのか、判断が出来なかった。

「ハイハイ落ち着いて二人とも」

混乱する二人の間に、当人の五条悟が現れた。いつ、どうやってこの場に来たのか分からないが、今はそれを気にしている暇はない。
津美紀が五条に縋り付く。

「五条さん!櫟さんが…!」
「………大丈夫、貧血だよ。寝かせておけば平気」

五条は昏倒している櫟の傍に膝をついて、状態を確認した。首で脈を測り、呼気を確認した後に、頷いた。その言葉に、津美紀も恵もほっと胸を撫で下ろす。生きた心地がしなかったが、五条が言うのであれば大丈夫だろう。
五条は櫟の背と膝裏に腕をいれて抱き、立ち上がった。

「寝かせてくるから、恵、扉開けてくれる?」
「わ、わたし」
「津美紀は水で冷やしたタオル用意して」
「………はい」

津美紀も着いて来たがったが、五条は無言で津美紀を遠ざけた。逡巡したが、直ぐに五条の指示に頷いて風呂場にタオルを取りに行った。津美紀もまた恵と同じように転々とした生活をしてきたせいか、聞き分けが良い子供だった。
歩き出した五条に、恵も後を追いかける。

「貧血って……」
「櫟、使ってたでしょ?術を」
「!あれ…!!」

先の工場地帯での事を思い出す。櫟はナイフで自分の掌を切って血を流していた。そこから出た血が、糸となって、アレを倒していた。
思いあたる光景に、恵は唇を噛んだ。櫟の術を初めてみた、綺麗で、繊細だった。その事に気を取られていたが、恵のために、櫟は自傷したのだ。

「櫟は色々あってさ。日常的に貧血気味なの。そこに久しぶりに術を使ったからバタンキューだね」
「俺が…」
「あー自分のせいで、とか勘違いしないでよ?櫟は、そういう人なんだよ。だから………もし目が覚めて言うなら、ごめんじゃなくて、ありがとう、だから」

そんなの無理だと恵は思った。恵を守るために櫟が払った代償は、命に別状がないとしても、恵にとって後悔でしかなかった。

それと同時に、代償があっても恵を守ろうとしてくれたことが嬉しいと感じて、恵はそんな自分を深く恥じた。






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