壁面にびっしり埋まった本を引き抜くのは崩れてきそうで怖いので、恵は床に置いてあるのか積んでいるのか分からない本を一冊手に取った。黒の布張りの装丁がされた重厚な本で、床に置いていいものじゃない気がする。何となく開いてみたが、直ぐに閉じた。

「恵、それ読めるの?」
「……日本語じゃない」
「フランス語」
「こっちは?」
「アラビア語」
「櫟さんは、読めるの?」
「読めない本を手元におく?いやお洒落で置く人もいるか……」

日本語ではなかった本を元の場所に戻して、恵は奥のソファーで寝転がって本を読んでいる櫟へ視線をうつす。

「本、好きなのか?」
「んー……むしろ知識欲に近い、かな」
「?」

それは好きとは違うのだろうか。櫟は稀に直接的回答を避ける時があった。否定するわけでも嘘をつくわけでもなく、お茶を濁すのともまた違う。

「ところでソレ……」

そんなことより、本が好きかどうかよりも気になることがあった。櫟の上に覆いかぶさるようにくっついて寝転んでいる長身の男。櫟だけならばソファーは狭そうではないのに、その男がいると酷く狭そうに見える。足もはみ出している。

「………」
「僕まだ学生なのになんでなのー」
「………」
「なんでこんなに任務ばっかりなのー」
「………」

五条は先程からぐちぐちとそんな事をずっと繰り返して言っていた。非常にうるさいが、ただ愚痴を言いたいだけでリアクションを望んでいるわけではないのだと思う。櫟は最初から無視を決め込んでおり、五条の頭を稀に犬猫を触るような手付きで撫でてはいるが、一度も会話していない。

この家に住んでいるわけではないのに、五条は頻繁にこの家を出入りしていた。その殆どで櫟に引っ付いているため、恵も段々見慣れ始めていた。櫟は「くっつき虫だと思っといて」と然りげ無く五条を植物扱いしている。
酷く親しげなのに、五条と櫟は血縁関係はないらしい。どういう関係なのかは分からない。それぞれに問うても、二人してうーんと首を傾げて考え出すので、一言で言い表せない仲のようだった。

櫟と五条と恵と津美紀。誰一人として血縁関係者がいない、奇妙な家だった。





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