ある日突然伏黒恵の前に現れた不審者もとい長身の男、五条悟により、これまた突然に義姉である津美紀と共にある家を訪れることになった。
絵に描いたような昭和の日本家屋だ。小さな庭があったが手入れをされた様子はなく、草木が伸びきっている。
五条はインターホンを押すこともなく勝手に鍵のかかっていない玄関を開けて室内に入り、恵と津美紀は唖然としながら後を追いかけた。

ギシギシと鳴る廊下を抜けて、行き止まりにあった襖をスパーンと開く。
仁王立ちする五条の後ろから津美紀とともに恵がそっと覗き込めば、そこは外からは想像もつかない空間だった。
部屋をぶち抜いているのか部屋の出入り口の大きさに反して奥行きがある。壁一面を本棚が埋め尽くしその中には本がぎゅうぎゅうに詰められ、それだけでは足らないと床一面にも本がびっしりと敷き詰められていた。下手な本屋や図書館よりも蔵書がありそうだ。本の重みで床が抜けないか不安になる。
その圧迫感のある室内に、唯一和室に不釣り合いな西洋式の大きなソファーが置かれていた。

そこに男が寝っ転がっていた。
本を読んでいる最中だったのか片手に持ったまま、突然の来訪者に驚いた顔をしている。肩ほどまでの男にしては長めの髪をもつ、あまり男臭くない華奢な人だった。

「はい、自己紹介」
「えと、伏黒津美紀です」
「…………伏黒恵」
「こっちは櫟ね。櫟、二人の面倒見てあげてね」
「………は?」

五条に促されて名乗っても男、櫟はぽかんとしていた。櫟は恵と津美紀を順に見て、目を閉じて額に手を当てた。

「………ごめん、もう一回良い?」
「名前?」
「いやごめん大丈夫デス……」
「昨日話したでしょ?」
「いや冗談だと思うでしょ普通……子供引き取るって……」

櫟はああううと呻いて、そしてソファーから転がり落ちるように立ち上がった。
手にしていた本をソファーにおいて本の間をぬって器用に此方に向かってくる。
五条より身長は低いが、それでも今の恵には首が痛くなるほど見上げなければならなかった。

「えーと……とりあえず、お茶飲む?」
「あ、お手伝いします!」

津美紀が手あげた。それに櫟は目を瞬かせる。恵の目を引いた、ふっと零れるような笑みが、ひどく優しくて。恵はこんなに優しく穏やかに笑う人間を知らなかった。

恵が出会ってきた人間は皆『恵の価値』を気にしていた。金で買われそうになっていた恵を結果的に助けた五条も恵に価値を求めた。
しかしこの櫟という男は、どう考えても先ほどの会話から五条により恵と津美紀の世話を押し付けられているというのに、あっさりと子供を養うことを受け入れたように笑う。
恵は呆気にとられた。

「良い子。津美紀だったね。……ドキドキしてるね、知らないおじさんの家にきて怖いでしょ?」
「え、あ」

津美紀の腕を取って手首で脈を測った櫟に、何と答えれば良いか分からず津美紀は戸惑いを隠し切れない様子で狼狽している。
そして櫟は恵を視界に入れた。上から見下ろされているのに、五条と違って威圧感を感じない。

「恵は今いくつ?」
「…六歳。小学校一年生」
「津美紀は?」
「七歳です。小学校二年生です」
「そう」

櫟は恵の脇の下に手を差し込んでぐっと持ち上げた。
年の割に落ち着いた性格の恵は抱っこが嫌いだが、この時ばかりは恵も抗えなかった。ふわりとお日様の匂いがする。
恵をその華奢な腕で抱いて、津美紀の手を取り、櫟は笑う。

「よろしくね、津美紀、恵」

ーーー受け入れられた。
家族として迎え入れられたと直感的に理解した。その生まれの複雑さ故に疎まれたり厄介に思われることが多かった恵には、突風を真っ向から受けた並みの衝撃だった。こんな人間が存在するのかと。
それは津美紀も同じだったようで一拍置いてから下から鼻を啜る音がした。

転々とたらい回しにされることも、津美紀と二人で過ごすこともない。当たり前に、そこら辺にいる子供と同じく、保護者になってくれる人ができた。
恵は唇をきゅっと噛むと、櫟の服を握った。

「………何かモヤモヤするんだけど。櫟は僕のものだからね?恵にも津美紀にもあげないからね?」
「プリンあるけど食べる?」
「食べる!」

恵と津美紀の雰囲気を読まずに、五条が唇を尖らせる。それに櫟は適当に笑い流して、甘いもので誤魔化していた。
恵は櫟の首に腕を回して抱き着き、肩に顔を埋める。

「五条さん、マジでガキ……」
「こら!恵!」
「あー!恵ずるい!!」
「我が家が賑やかになっちゃったなぁ…」





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