2021バレンタイン





晩御飯を終えて、後片付けを終えひと段落ついたと、櫟がふぅと息を吐いた時だった。突如視界の端から両手で差し出された四角い小さな箱に櫟は目を瞬かせる。透明なケースのため中身が見え、茶色い丸いものが二つ並んでいた。

「はい、櫟さん」
「………………俺?」
「うん!いつもありがとう!ハッピーバレンタイン!」
「津美紀…なんて良い子………」
「えへへ」

照れ臭そうに津美紀が頬を染めて笑う。親馬鹿と言われようが可愛いものは可愛い。櫟は片手で心臓を抑えながらも、それを受け取る。

「ありがとう、とっても嬉しい」

女性というか女子というか、人からチョコレートをもらうなんて本当に久しぶりだ。津美紀が櫟を思って用意してくれたことがとても嬉しい。

「バレンタインかー、忘れてたな……」

子供達のために行事でお菓子を作るということはすれど、バレンタインとは無縁すぎてすっかり存在を忘れていた。覚えていたとしても櫟が作るのはおかしな話だし、作ろうかと声をかけるのも憚られたが。まさか津美紀が用意しているとは思わなかった。まじまじとチョコレートを感慨深く見つめる。ココアパウンダーがかけられたそれは、おそらく生チョコレートだろう。

「手作り?」
「そう!友達のおうちで一緒に作った!」
「そうだったんだ。今度その子のおうちの方にお礼をしないとね」
「うん」

チョコレート代も包装紙代も用意した記憶がないので、津美紀がお小遣いの中で工面したのだろう。場所を提供したであろうお友達の保護者の人にはお礼をするため今度お菓子でも持たせて、参観日に挨拶に伺うことを忘れないようにしないとなと、櫟はチョコレートを見つめながら現実的なことを考えた。

「あ、恵!恵にも、はい」
「?」
「バレンタンだよ」

キッチンにやってきた恵が津美紀に箱を差し出されてじっとそれを見つめた。櫟に差し出されたものと同じチョコレートだ、一目で分かるはずだが、恵は無言でそれを見つめている。クリスマスを祝うのが初めてだといっていたので、バレンタインも初めてなのだろう。クリスマスの当日の朝起きてプレゼントを見つけた時の恵と津美紀の可愛さに関しては末代まで語り告げる自信があるが、今回もソレだ。
あまりにも真剣な様子に櫟は堪えきれず笑い声を漏らしてしまう。

「…………」
「もー!何か言ってよ!」
「ふふっ、恵は照れ臭いんだね。本当はとっても嬉しいと思ってるんだよ」
「ほんとにー?」

津美紀が疑うように恵を見つめる。恵はその視線から逃れるようにぷいっと横を向いてしまった。櫟は笑いながらその場にしゃがんで、恵の分のチョコレートを代わりに受け取った。そして恵の手を取り、その掌の上に乗せてやる。津美紀は恵がそれを受け取ったのを確認すると、くすりと笑って機嫌を直して「お風呂に入ってくるね!」とリビングを出ていった。
その背を見送り、恵へと視線を移す。手元のチョコレートの入った箱を嬉しそうに見つめる恵に心臓が擽られた。何て微笑ましいんだ。

「恵、ホワイトデーは三倍返しだよ」
「さんばい?」
「豪華にして返さないといけないってこと」

バレンタインという存在は世間の様子から知っているようだが、具体的には認識していないのだろう。この様子だとクラスメイトからもらうのはもう少し学年が上がってからか。不思議そうな顔をする恵の頭を優しく撫でた。
ホワイトデー、心を込めて作ってくれたであろう津美紀に応えたいと思い考える。物をプレゼントしてもいいがそれは年齢が上がってからにして、今は物よりもきっと気持ちの方が嬉しいだろう。

「うーんケーキでも作ろうかな。恵も一緒にどう?」
「………やる」

こくりと頷く恵に、櫟は目を細めて笑った。
恵のことだからお返しを考え始めて、考え過ぎて最終的に自分のあげるものなんて津美紀は喜ばないなんてネガティヴなことを言い出しそうなので、事前に誘っておく。それにきっと津美紀は恵と一緒に作ったものをあげたら喜ぶだろう。いっそ津美紀も誘った方がさらに喜ぶかもしれない。しかしそれだとサプライズ感が薄れる。三人でケーキ作りつつ、サプライズでまた恵の誕生日で好評だった型抜きのクッキーでも焼こうかなと思った。恵も犬のクッキーを焼くと嬉しそうにするのでそれがいい気がする。

来月も楽しみなことが出来たなと思い立ち上がると、勢いよく家に飛び込んできた一際ガタイの良い子供。

「櫟さーん!!!チョコちょうだい!!!!」
「あ、ごめん作ってない」
「えっっっなんでっ!!!!????」

何でと言われても今までも悟に作ったことは無い。




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