櫟はここ最近とても充実した日々を過ごしていた。

まずひとつめは、術師を引退して特にすることもなかったので、今まで買ったきり積んでいた本を読みまくって消費し、世に言うニートを体験したこと。
働かないとはこんなに楽なのか。櫟が術師をしていた時はそりゃもう忙しく、本の一冊どころか一行すらも読めなかったので、一冊何者にも邪魔されずに読み切った時は感動した。それが毎日、何時間も続くのだ。幸せすぎる。おまけに煩わしい人間関係も気にしなくて良いなんて。たまにくる五条悟の頭をわしゃわしゃするだけでいいなんて。ニート万歳。ニート最高。一生ニートでいい。

ふたつめは、子供を二人引き取ったこと。正直五条にはじめに言われた時は冗談だと思っていた。冗談ではなかった、実在してた。五条のイマジナリーフレンドじゃなかった。誰の子、どこの子だ、なんて聞いていなかったが、五条が櫟のもとへ連れて来たのだから訳ありでしかない。どうせなら冷やかせるように五条悟隠し子説でワンチャンあってもよかったが、ノーチャンだった。正直名乗られなくても顔見れば分かった、片方が間違いなくあいつの子供だ。瓜二つにも程がある。

みっつめは、引き取った子供たちがとても良い子だったこと。櫟自身は、生家にいたころに親戚の子供の面倒をみていた時期があったため特に子供の扱いに戸惑うことはなかったし、あの時培ったスキルにより家事全般が得意になっていたので生活は苦ではなかった。しかも、引き取った子供たちがとても聞き分けが良くて、家事も率先して手伝ってくれて手がかからない二人だったので、なおさら子供を養う苦労を感じなかった。五条は飯を食うだけで手伝わないから新鮮だった。血縁関係はないようだが、互いにそれぞれ苦労していたのだろう。櫟には最初の挨拶の段階でそれが伝わった。あいつの子供じゃなくても、大切に育てようと思える二人だった。

不思議な子供達で、津美紀は恵を大切に思っているようだったが見えてないせいで恵に近付いてもいいのか悩み、恵も津美紀を大切に思っているようだったが見えているせいで津美紀を遠ざけていた。櫟はその二人の間に立ってよく二人の手をつないでやった。二人が離れていかないように。

二人をかわいがって、たまに来る五条をかまって。
そんな日がずっと続けば良いと、願っていた。

櫟の境遇を思えば、それがどれだけ難しいことかなんて明白で。
むしろよく六年間も暮らせたと思う。

ニートではあるが二四時間三百六十五日、屋内にいるわけではない。必要があれば外に行く。
津美紀と恵が寝たのを気配で確認して、櫟は家を後にした。
最後になるかもしれないと分かっていたが、部屋まで顔を見に行くことはしなかった。

未練は、足手纏いになる。
いつ死んでも良いと思っていた過去の自分と対面したら、腑抜けたと笑われるだろう。

「赤血操術」

周囲に誰もいない、誰もこないであろうところまで誘導して、櫟は口を開いた。
手にしていた輸血パックをナイフで傷付け開封する。櫟に操られた血が、櫟の背後を狙う呪霊を音もなく貫いた。
断末魔が響き渡る。
空になった輸血パックを放り投げて捨てた。

「あのさぁ、勧誘お断りって言ったと思うけど?」
「勿論聞きました」

話しかければそれまで姿を見せなかった男が姿を見せた。月明かりの下、男は場違いに微笑みかけてくる。

「ですが貴方に悟側に付かれると厄介なので」

男の両サイドに見慣れない呪霊が二体出た。気配からして一級以上だろう。たかが元呪術師相手に、出し惜しみせずに来るとは。
櫟は新しい輸血パックを取り出した。

「呪霊けしかけて、ダメ押しに自らくる気か?」
「それだけ貴方のことが怖いんですよ」
「よく言うよ」

何百人も殺した男の方がよっぽど怖い。
櫟が首を竦めてみせると、男は愉快そうに目を細めた。そして櫟へ腕を伸ばす。

「御三家である加茂家の、加茂櫟さん。貴方が私の手を取らないのであれば、実力行使させてもらいますよ」
「ーーー特級呪術師、夏油傑」

夏油の首元にぐるりと一体の呪霊が現れる。今その呪霊を出したのはわざとだろう、櫟を煽るために出した。性格が悪いし、櫟の経歴をよく調べている。
煽られるほどに若くないが、気分は良くなかったので、夏油のお膳立て通り首に巻かれた武器庫呪霊は生きたまま回収することにした。

「生憎俺の手はもういっぱいでな……だがそう見せつけられたら妬けるから応えてやるよ。トウジの呪霊、俺がもらい受けよう」
「出来るものなら」

櫟のナイフが輸血パックを傷付けるのと、夏油の出した二体の呪霊が飛び掛かるのは同じタイミングだった。




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