8 櫟のくれた組紐が、恵の手首に巻かれるようになったのはその日からだ。 御守りだと渡されたが、櫟の組紐が恵を守ってくれたと感じたことはまだない。効果を実感した時にこの組紐がどうなってしまうかわからないため、組紐の出番がないことに恵はほっとしていた。 「へぇーずっと五条先生と一緒じゃなくて、まともな人間に会えててよかったわねー」 「おいおいせんせーが可哀想だろ……あ、それで、その人今は?」 釘崎の言葉に虎杖が同情めいた声をもらす。しかし釘崎のその言葉に恵は全面同意の気持ちだ。五条だけが保護者だったらと思うとゾッとする。 「伏黒?」 虎杖が不思議そうに首を傾げた。恵は、手に組紐を巻きつける。 「その人は消えた。俺が中学にあがる直前に」 「!」 弛ませた部分を反対の手で結ぶ。次は滑り落ちていかないように、きつく、硬く、結んだ。 「それって……」 「あの人は五条先生に常に自分の居場所を伝えていた。その糸が、切れたんだ。五条先生も、何で切れたか分からないって言っていて」 津美紀は春休みで、恵も小学校から中学校への進学の期間で休みだった。 あの日の櫟の行動、どこをどう思い返しても、いつもと何も変わった様子はなかった。いつも通り家でダラダラして本を読んで、津美紀と恵と食事をして。おやすみの挨拶もした。その日は、五条が来ていなかった。 朝に昨夜いなかったはずの五条に起こされて、その時に気が付いた。櫟がいなくなっていることに。 出かけているのかと思ったが帰って来ず、しかし特段何か持ち出された形跡もない。櫟だけが、夜のうちに姿を消した。 朝に恵を起こしたとき五条が繋がっていたはずの糸がないと珍しく焦った顔をしていた。 糸、とやらは櫟本人が術式で五条と繋いでいたらしい。櫟はどうやらかなり難しい立場にいて、五条と協力関係にあり、生存確認のために糸を張っていたようだ。その糸がなくなったことはつまりーーー 「だけど俺も五条先生も諦めてない」 五条曰く、あの糸は確かに生存確認のためだが、糸が切れたことがイコール死ではないという。糸を伸ばす余裕がなくなった、だけ。 呪術師界というのは物騒な世界で命を狙ってくるのは呪霊だけではない。いつも隣に死があって、明日には、瞬きの間には、先まで隣にいた友人が死ぬこともある世界だ。死に直面することには慣れている。だから恵は、客観的には櫟が死んでいる可能性もあることは理解している。おそらく五条も。 それでも、諦めない、諦めたくない。 恵が組紐を結び終え顔を上げると、虎杖が嬉しそうに笑い、釘崎も口角を上げていた。 「そっか!」 「……まぁ五条先生の知り合いなら、相当強そうだしね」 「あー確かに!会ってみたら実はピンピンしてるかもな!」 「あり得るわねー。五条先生が嫌で姿を隠してるのかもしれないわ」 「酷っ!」 「フッ……まぁ、それもあるかもな」 そういう平和的理由であってくれたら、と今の恵は切に願うしかない。 |